こんにちは。西宮市で司法書士・行政書士をしている今井康介です。
遺言書についてのご相談を受けるたびに思うことがあります。
それは「せっかく丁寧に遺言を書かれているのに、ほんの少しの書き方の違いで、使えなくなってしまうことがある」という現実です。
自筆証書遺言は、紙とペンさえあれば自宅で今すぐ作れる、大変身近な遺言書です。
しかし、身近であるがゆえに“形式のミス”や“書き方の誤り”が非常に多く、あと一行正しく書いていれば避けられたトラブルに何度も出会ってきました。
この記事では、そういった現場の経験をふまえながら正しい書き方・よくある間違い・家庭状況別で気をつけるべき点・法務局の保管制度の注意点を、専門家としての視点を大切にしつつ、できるだけやさしい言葉でまとめました。
どうぞ、肩の力を抜いて読み進めてください。
あなたやご家族の未来が、少しでも安心で穏やかになるように願っています。
自筆証書遺言がトラブルにつながりやすい3つの理由
自筆証書遺言の特徴は、何といっても「手軽さ」です。費用もかからず、誰でも作れます。
しかしその手軽さが、相続の場面では“落とし穴”になってしまうことがあります。
相続手続きをお手伝いする中で、次のような場面に本当に多く遭遇します。
1. 専門家のチェックが入らないため、自己流ミスが起きやすい
ご本人は「正しく書けているはず」と思っていても、実務では次のようなミスが頻発します。
・日付が「令和〇年〇月」までで止まっている
・財産の書き方があいまい
・不動産の地番が1桁違っている
・預金の情報が足りない
・訂正が民法の方式に合っていない
・“相続させる” と “遺贈する” の使い分けが逆
自筆証書遺言は「本人の自由」で書ける分、“本人の思い込み” がそのまま間違いになるこれが一番の問題点だと感じています。
司法書士として現場にいて感じるのは、“自己流できれいに書けた遺言”に出会うことはほぼないという現実です。
2. 法務局の保管制度を「内容まで安心」と誤解しやすい
2020年(令和2年)に始まった「自筆証書遺言書保管制度」は、全国の法務局で遺言書を保管してくれる制度です。
この制度は
・遺言の紛失防止
・家庭裁判所の検認が不要
という大きなメリットがあります。
ただし、重要なのは法務局は内容の正確性をチェックしないという点です。
・不動産の地番の誤り
・預金番号の誤記
・相続させる/遺贈するの使い分けが違う
・受取人の氏名誤字
こうしたミスは“そのまま保管されます”。
「法務局で保管したから安心」という誤解が非常に多く、ここが相続トラブルの温床にもなります。
3. 家庭事情に応じた書き方が必要になる
相続は法律だけでは割り切れません。
家庭によって事情が大きく異なるため、標準的な書き方ではトラブルを招くこともあります。
・子どもがいない
・相続人同士が不仲
・不動産が複数
・障がいのある子がいる
・家族が遠方で連絡がとりづらい
こうした状況では“標準の書き方”では不十分です。
付言事項が一言あるだけで、将来の安心感が大きく変わります。
法律上の正しさだけでなく、“その家庭で何が一番大切か”を考えた表現が必要です。
自筆証書遺言の方式と、よくある書き方のミス
自筆証書遺言は、紙とペンさえあれば誰でも作れるとても身近な遺言書です。
しかし一方で、民法が非常に厳しい方式を求める という特徴もあります。
これは、“本当に本人が書いたものか”“いつ書いたものか”“内容が明確か”を後で証明できるようにするためです。
けれど、この方式の厳しさは、かえって 間違いを招きやすい 側面もあります。
ここでは、方式が厳しい理由を、実際によくある誤りや、相続手続きで本当に起きたトラブルと合わせて分かりやすく解説します。
一 本文は自分の字で書く|手書きが求められる理由と注意点
自筆証書遺言には、遺言の本文(気持ちの部分)だけは必ず自分の字で書くという大切なルールがあります。
これは、「本当に本人が書いたものなのか」「誰かが代わりに書いていないか」を後で確かめられるようにするためです。
たとえば、銀行や不動産の名義変更の場面では、相続人や金融機関が遺言の“真正性”を気にすることがあります。
そのとき、手書きで書かれた本文であれば
・筆跡
・書き癖
・文章の流れ
から本人の意思を判断しやすくなります。
わかりやすく言うと、遺言の本文を本人が手書きにしておくことで「これは間違いなくこの人が書いた遺言だ」という裏付けになる、ということです。
ただし、財産目録は手書きでなくてよい
ここは誤解の多いところですが、財産目録はパソコンやコピーでも構いません。
・通帳のコピー
・登記事項証明書をそのまま貼付
・Excelで一覧作成
など、数字の多い部分はむしろパソコンのほうが安全です。
ただし、財産目録を手書き以外で作る場合には各ページへの署名・押印が必須です。
手書きだからこそ起こりやすい“実務のつまずき”
本文が手書きであることは大切ですが、その手書きが原因で次のような誤りが起きることも少なくありません。
・数字の書き間違い(地番・口座番号など)
・途中で家族が筆を入れ、筆跡が混ざる
・書き直しを繰り返し、誤記が増える
実際にあったトラブル
・銀行から「字が間違っている」と追加確認を求められた
・相続人の一部が「父はこんな字は書かない」と疑い、話がこじれる
・誤記が多すぎて、内容の判断に時間がかかる
本人の意思を守るための手書きが、逆に争いの火種になってしまうことがある のが、自筆証書遺言の難しいところです。
二 日付は“年月日”まで正確に|曖昧な日付が招くトラブル
自筆証書遺言には、必ず「年月日」まで入れた日付を書くという大切な決まりがあります。
これは、ただ形式的に必要だからではなく、遺言が複数見つかったときにどの遺言を優先すべきか判断できるようにするためです。
遺言は、原則として一番新しい日付のものが有効になります。
そのため、日付が曖昧だと判断ができなくなり、せっかくの遺言が使えなくなることがあるのです。
よくある誤り
・「令和7年10月」
・「2025年春」
・「10月吉日」
・「書いた日」を忘れてしまい空欄のまま
これらはすべて、どの遺言が新しいのか判断できないという理由で無効になる可能性があります。
実際に起きるトラブル
・日付が曖昧で、遺言の優先順位が確定できず争いになる
・古い遺言と新しい遺言で内容が矛盾し、結局遺産分割協議へ逆戻り
・日付の書き漏れだけで、遺言全体が使えなくなるケースもある
日付は一見小さな部分ですが、遺言の信頼性と実効性を左右するとても重要な要素です。
わかりやすい書き方
「令和7年10月25日」「2025年10月25日」どちらの書き方でもかまいません。
大切なのは、年月日まで揃っていて、明確であることです。
三 署名はフルネームで|通称・旧字体で起きる実務のつまずき
自筆証書遺言には、最後にご本人の名前を自分の字で書く(署名する)という決まりがあります。
ここで大切なのは、「フルネーム」で書くことです。
「お父さん」「山田」「太郎」といった不完全な書き方では、後で「これは本当に誰の遺言なのか?」という疑いが生じることがあります。
フルネームが必要な理由
・同姓同名の人がいた場合でも混同を防げる
・押印だけでは本人特定が十分でないため
・法務局・銀行が確認するときに名前が一致している必要がある
実務では、署名が正しく書かれているかどうか が、遺言の有効性を判断する大きなポイントになります。
よくある誤り
・苗字だけ
・名前だけ
・旧字体/新字体が混ざっている
・日常で使っていない通称を書いてしまう
これらの記載は、相続人同士や金融機関との間で「本当に本人か?」という疑いを招く原因になります。
実際に起きたトラブル
・苗字しか書いておらず、同居の息子と混同された
・通称名で署名してしまい、銀行が受け付けなかった
・海外在住時の旧姓で書かれており、追加書類が大量に必要になった
小さな部分のようですが、署名は遺言の“身元証明”の役割を持っています。
安心な書き方
・普段使っている戸籍上の氏名を
・自分の字で
・丁寧にフルネームで書く
これで問題ありません。
四 押印の基本と、よくある押し忘れ・印鑑違い
自筆証書遺言には、最後に自分の印鑑を押す(押印する) という決まりがあります。
これは、「この内容で間違いありません」という 本人の確認印 のような役割を持っています。
印鑑の種類は、
・実印
・認印
どちらでも有効ですが、実印のほうが信頼性が高く、銀行や相続人が確認する際も安心です。
● よくある誤り
・押し忘れる(とても多い)
・本文と財産目録で別の印鑑を押してしまう
・シャチハタで押してしまう
・薄い印影で判読できない
● 実際に起こるトラブル
・印鑑が違うため「本当に本人の押印か?」と疑われる
・印影が不鮮明で、銀行が受理せず再確認を求める
・日付も署名も適切なのに“押印を忘れたせいで”遺言が使えない
・財産目録の一部に押印がなく、そのページだけ無効扱いになる
押印は小さな作業ですが、遺言書が実際に使えるかどうかを左右するとても重要な最終確認ポイント です。
● 安心して書くためには
・普段使っている印鑑(できれば実印)を
・最後に丁寧に押す
・本文と財産目録で同じ印鑑を使う
これだけで、押印のトラブルはほぼ避けられます。
不動産に関する“相続登記で本当に起きるトラブル”
不動産は、遺言の中でも特にトラブルが起きやすい財産です。
その理由はシンプルで、住所と地番が違う世界だからです。
司法書士として相続登記をお手伝いしていると、次のような場面にしばしば遭遇します。
ここでは、不動産に関するミスの中でも「実際に手続きが止まるもの」だけを厳選し、深く解説します。
1 住所だけを書き、地番・家屋番号が抜けている
遺言書に「西宮市〇〇町1-2-3 の自宅を長男に相続させる」のように 住所だけ が書かれているケースは、本当に多く見られます。
しかし、ここに大きな落とし穴があります。
日本の不動産は 住民票で使う住所とは別の番号体系 で管理されており、登記簿には
・土地 → 地番(ちばん)
・建物 → 家屋番号(かおくばんごう)
がそれぞれ記載されています。
■ なぜ「住所だけ」では特定できないのか?
次のような現象が普通に起きるためです。
・同じ住所に、複数の地番が含まれている
・建物の入口の住所と、登記簿の所在表示が一致しない
・1つの住所に、複数の建物番号(家屋番号)が存在する
・新築した後に建物番号が変更されていて、本人も把握していない
住民票の住所は「生活している場所の表記」であり、登記簿の地番・家屋番号は「不動産そのものの識別番号」です。
この2つは必ずしも一致しません。
■ “住所だけの遺言” が実務でどう問題になるのか?
司法書士が相続登記をする際、遺言書の記載をもとに不動産を特定しますが、住所の記載だけでは登記簿上の物件が1つに絞れない ケースがあります。
すると、次のような事態が起きます。
・登記申請ができない
・相続人全員に確認が必要
・附票などを使い追加調査が必要
・結果として、遺産分割協議に逆戻り
つまり、遺言書があるのに手続きが止まるという、避けたい状況が発生します。
■ 特に起こりやすい例
・長年住んだ家を建て替え、建物番号が変わっていた
・登記簿上の“所在”が、住所と異なる(字名が残っているなど)
・2棟並んだ家のうち、どちらか判断できない
・住所表記の途中で住居表示の変更があった
読者の方からすると「自宅なんだから1つしかないでしょう」と思われがちですが、登記の世界では “複数の候補” と判断されてしまうケースは珍しくありません。
■ 正しい書き方は?
最も安全なのは、登記簿の記載をそのまま写すことです。
土地なら
・所在
・地番
・地目
・地積
建物なら
・所在
・家屋番号
・種類(居宅など)
・構造
・床面積
これらを遺言書に書いておくことで、相続登記でトラブルになる可能性を大きく減らせます。
2 マンションで部屋番号しか書いていない
マンションに住んでいる方が遺言書を書くとき、「〇〇マンション101号室を長女に相続させる」という書き方をよく見かけます。
しかし、実務の視点で見ると、部屋番号だけでは、その不動産を特定できません。
マンションの不動産は、一見シンプルに見えても法律上はもっと細かく区分されており、登記簿には
・建物全体(共用部分)の情報
・部屋ごとの“専有部分”の情報
・その部屋が持っている“敷地権(マンションの土地の持分)”
という複数の情報が載っています。
そのため、遺言書に 住所や部屋番号だけ を書いても登記簿上の特定ができないことがあるのです。
■ なぜ部屋番号だけではダメなのか?
その理由は、マンションの部屋を特定する番号が生活上の「部屋番号(101号室)」ではなく、法律・登記上の「家屋番号」という別の番号だからです。
部屋番号
→ 郵便物や来客案内に使う生活用の番号
家屋番号
→ 登記簿で物件を識別する正式な番号
この2つは一致することもありますが、一致しないケースも実務では普通にあります。
例:101号室に住んでいても、登記簿の家屋番号が「5番12」となっている場合。
このように、生活の番号と、法律で使う番号が違うため部屋番号だけでは不動産を1つに絞れません。
■ 遺言書に必要な「専有部分」の情報とは?
マンションの場合、登記簿には次の内容が記載されています。
【専有部分の登記内容】
・家屋番号
・所在(マンション名とは違うことがある)
・種類(居宅)
・構造(鉄筋コンクリート造など)
・床面積(例:45.82㎡)
遺言書では、少なくとも家屋番号+構造+床面積を記載しておくと実務がスムーズです。
■ 部屋番号しか書いていないと、どんな問題が起きるのか?
遺言書をもとに相続登記をしようとすると、司法書士は「どの専有部分と敷地権を移転するのか」を判断しなければなりません。
部屋番号だけでは次の問題が生じます。
・同じマンションに似た表記の部屋が複数ある
・建物の登記簿上の所在表示が住所と異なる
・部屋番号と登記簿の家屋番号が一致しない
・部屋番号だけでは敷地権の割合が分からない
・相続人が複数いて、どの部屋か確認しないと話が進まない
特に敷地権は、マンション全体の土地をどれくらい持っているかという重要な情報で、登記には必須です。
■ 正しい書き方(最も安全)
登記事項証明書を確認し、次の内容をそのまま写すのが最も確実です。
・家屋番号
・所在(登記簿の書き方)
・構造
・床面積
・敷地権の種類・割合
・敷地権が設定されている土地の地番
文章にすると難しそうに見えますが、登記簿の記載をそのまま書くだけで足ります。
■ まとめ:マンションは“2つセットの財産”と意識する
マンションの不動産は
・部屋(専有部分)
・土地の持分(敷地権)
の 2つがワンセットで相続の対象 です。
部屋番号だけでは、この2つのうちどの組み合わせを相続させたいのかが特定できない ため、遺言書としては不十分なのです。
マンションをお持ちの方は、登記事項証明書を確認して、専有部分+敷地権の両方がわかる表記 を入れておくと、将来の相続がとてもスムーズになります。
3 地番が一桁違う
不動産についての遺言書で、実務上もっとも困るミスの一つが地番の一桁違い です。
たとえば
正:〇〇町12番7
誤:〇〇町12番1
というように、数字がわずかに違うだけでも登記簿上はまったく別の土地になります。
「少しくらい違っても分かるでしょう?」と思われる方も多いのですが、不動産登記の世界では
“たった一桁” の違いが別物を意味するという厳格なルールがあります。
■ 地番が違うと、遺言では“誰がどの土地を相続するのか”が判別できない
相続登記では、遺言書に書かれた不動産を「登記簿上の物件」と完全に一致させる必要があります。
そのため、地番が一桁でも違うと、次の問題が起こります。
つまり、遺言で分け方を決めていたはずなのに、地番1文字の誤記が原因で協議に逆戻りするという事態が起こります。
■ 実務で特に多いのは「古い地番」と「新しい地番」が混ざっているケース
古くからある土地では
・昔の地番
・住居表示実施後の地番
・分筆前の地番
などが混在しており、持ち主本人でさえ正しい番号を覚えていないことがあります。
このため遺言書に「昔の地番」をそのまま書いてしまうケースが多く、実務では「何十年前の地番なのか」を調査する手間が生じます。
■ 地番の“上下逆”や“読み間違い”も起きやすい
実際の相談でよくあるのは、
・12番7 と 7番12 を逆に書く
・書き癖で 1 と 7 が区別しづらい
・0 の抜けや重複
・小数のように見える書き方
など、本人も気づかない形で地番が変わってしまうケースです。
登記簿は極めて正確な記載を求めるため、数字の順番が違うだけで別物扱いになります。
■ 正しい対策は「登記事項証明書を見て書く」こと
地番の誤記を避ける最も簡単で確実な方法は登記事項証明書を手元に置いて、そのまま写すことです。
・所在
・地番
・地目
・地積
は、登記簿に必ず載っています。
自分の記憶や、住所表記、昔の資料を頼りに書くと、地番ミスが起きるリスクが非常に高くなります。
■ まとめ:地番の“1文字”は、将来の家族の負担を決める
地番は、数字だけ見ると小さな違いに思えますが、不動産登記の世界では「財産そのものを特定するための根幹」です。
地番が間違っていると、遺言書の意図は尊重されても、登記手続きができず、家族が困る結果になります。
だからこそ、遺言書を書く際には登記簿を見て、番号を正確に写すという小さなひと手間が、将来の大きな安心につながります。
4 共有名義を“全部自分のもの”のように書いてしまう
不動産には「共有名義」という状態が珍しくありません。
たとえば自宅が
・父:持分2分の1
・母:持分2分の1
というように、二人で一つの家を所有しているケースです。
ところが、この共有の仕組みを意識しないまま、父の遺言書に「自宅をすべて長男に相続させる」と書かれてしまうことがよくあります。
一見問題ないように見えますが、ここに大きな落とし穴があります。
■ 父が処分できるのは「自分の持分だけ」
共有名義の不動産の場合、父が遺言で処分できるのは“自分の持っている持分の範囲”だけです。
父が2分の1だけ所有しているなら、遺言で相続させられる範囲も2分の1まで。
残りの持分(2分の1)は母の財産であり、母が亡くなった際には別途相続が発生します。
父の遺言に「自宅全部を長男に」と書いていても、法的には “父の持分2分の1だけ” が移転します。
■ 実務ではどうなるか?
このケースでは次のような流れになります。
1 .父の遺言に基づき、父の持分2分の1だけ長男へ登記
2 .残りの2分の1(母の持分)は、母が亡くなったときに別途相続
3 .父の遺言ひとつでは「自宅を全部長男に」することは不可能
結果として、遺言で思っていたのと違う状態の家が残ることになるのです。
この状況を理解していないと、「父は自宅全部を長男に渡すつもりだったのに…」という誤解や不満が生まれやすくなります。
■ 特に多いのは、次のようなパターン
・夫婦共有であることを忘れている
・昔、住宅ローンの関係で共有にしていた
・亡くなった祖父の持分が残ったままになっている
・建物は夫名義で、土地は妻名義になっている
・田舎の土地が兄弟4人の共有のまま放置されている
本人でも「全部自分の名義」と勘違いしていることが少なくありません。
■ どう書けば良いのか?
共有名義の不動産を遺言に書く場合は
・自分の持分
・登記簿上の共有割合
を明確にして記載するのが安全です。
例:「私が所有する西宮市〇〇町○番△の土地(持分2分の1)を長男〇〇に相続させる」
こう書いておけば、登記の際に迷うことがありません。
■ まとめ
共有名義の不動産は、本人が自由に処分できるのは自分の持分だけです。
「自宅全部を長男に」と書いても、他の人の持分は遺言では動かせません。
遺言を書く前に「いま家が誰の名義になっているか」を確認しておくことが、将来の家族の負担を大きく減らします。
5 過去の相続で名義変更されていない不動産に遺言を書く
相続の現場では、ご両親や祖父母の名義のまま、何十年も名義変更されていない不動産がとても多くあります。
ところが、その状態のまま「自宅は長男に相続させる」といった遺言を書いてしまうケースがあります。
この場合、まず必要なのは“現在の名義(祖父→父→母など)を順番に相続登記で整理すること”であり、遺言どおりに名義を書き換えるのはその後になります。
つまり、遺言が将来の名義変更の流れまで考慮していないと、実務では「最初に祖父から父へ」「次に父から母へ」「最後に母から長男へ」といった複数の登記が必要になり、手続きが止まることがあります。
このタイプの不動産は、遺言を書く前に“今の名義が誰なのか”を確認することがとても大切です。
6 旧住所・旧姓のままの登記と遺言のズレ
不動産の名義が
・旧住所のまま
・旧姓のまま
になっている方はとても多くいます。
その状態で遺言の受取人(相続させる人)が
・今の住所
・今の姓名
で書いていると、相続登記の際に 「本当に同じ人物かどうか」 を確認するための書類が必要になります。
具体的には
・住民票の除票(住所移転の履歴が分かるもの)
・戸籍の附票(過去の住所のつながりが分かるもの)
などを取得し、登記名義人と遺言の人物が同一であることを証明 する必要があります。
この追加作業が必要になるため、相続人の負担が増え、手続きに時間がかかることがあります。
不動産以外で起きる相続手続きのトラブル
自筆証書遺言の内容が原因で、預金や証券、保険の手続きが止まってしまう ことは珍しくありません。
不動産のように登記簿を使って特定できる財産とは違い、預金や証券は、
・口座番号
・支店名
・名義
などの情報をもとに金融機関が照合します。
遺言の記載が少しでも不足していたり、番号が一桁違っていたりすると、銀行や証券会社が「この口座だ」と判断できず、結果として遺言どおりに手続きが進まないという事態が起こります。
また、古い名義のままの口座や、複数の保険を契約しているケースでは、「どの契約を指しているのか」が分からず、確認作業が長引くことも多いです。
ここでは、預金・証券・保険の場面で実際に起きた“記載ミスによるつまずき” を中心に、注意すべきポイントを分かりやすくお伝えします。
預金口座は「銀行名・支店名・口座番号」がそろっていない
預金について遺言を書くときは、誰が見ても“この口座だ”と分かるように記載すること が大切です。
ところが実務では、ここでつまずくケースがとても多いです。
特に次のような記載は、銀行が口座を特定できず、手続きが止まってしまう原因になります。
● よくある記載ミス
・銀行名だけ書いて、支店名を書いていない
・支店名を書かず「本店」とだけ記載(実際は本店でない)
・番号の一桁が違う
・普通/当座の別が書かれていない
・口座名義が昔の姓のまま(旧姓のまま)
・複数口座があるのに番号が書かれていない
● 実際に起きるトラブル
① 特定できず、銀行から“照会”が入る
銀行は、支店名と番号が一致しない限り、「どの口座を指しているのか」判断できません。
そのため追加で
・古い通帳
・口座名義の変更履歴
などの確認が必要になり、手続きが遅れます。
② 書かれていない口座が“遺言の対象外”になってしまう
たとえば「○○銀行の預金を長女に」とだけ書いてあると、その銀行に複数口座がある場合、どれが対象なのか分かりません。
結果として、遺産分割協議に戻らざるを得ないというケースが実際にあります。
③ 名義が旧姓のままの通帳で、本人確認に時間がかかる
ご本人が結婚や転居の際に名義変更をしていなかった場合、
・遺言の氏名
・銀行の名義
が一致せず、追加書類が必要になります。
「姓が違う」のは銀行にとって大きな確認ポイントであり、ここが原因で手続きが止まることは非常に多いです。
安心して書くためのポイント
預金について遺言で指定する際は、最低限、次の3つを書けば安心です。
・銀行名
・支店名
・口座番号
これに加えて
・普通/当座の別
・名義
も書いておくと、より確実です。
“家は長男・預金は次男”のバランス問題
遺言を書くとき、「家は長男に、預金は次男に」というように、財産ごとに分けて記載する ケースはよくあります。
一見すると公平に分けられているように感じますが、実際の相続ではここが大きなつまずきになることがあります。
● 一番の問題は「金額のバランス」が分かりにくいこと
不動産の価値と預金の金額は、必ずしも釣り合うとは限りません。
たとえば
・自宅の不動産評価が3,000万円
・預金が500万円
という場合、長男と次男の間で「不公平ではないか」という感情が生まれます。
遺言の内容が“争いの火種”になってしまう典型例です。
● 実際の相続では、さらにズレが大きくなることも
・不動産の評価額はタイミングで大きく変動
・預金は日々の生活で減っていく
・固定資産税や維持費は家を相続した側が負担
つまり、見た目の公平さと、実際の負担の公平さが一致しないということが多いのです。
● よくあるトラブル
遺言が仲を守るためのものなのに、内容のバランスが原因で関係が悪くなるのは非常に残念です。
● 実務でよく用いる“バランス調整”の方法
遺言には、財産の配分だけでなく、次のような 気持ちのフォロー を添えておくと、兄弟間の受け止め方が大きく変わります。
・「自宅は長男が守ってくれると思い託します」
・「預金は次男に、日頃のサポートへの感謝を込めて」
・「不公平と感じる場合は、兄弟で協議して構いません」
また、必要に応じて代償金の指定 を入れることで、金額の偏りを補うケースもあります。
(例:長男は自宅を相続する代わりに、次男へ100万円支払う など)
● 遺言を書く際に大事にしたいこと
“誰に何を渡すか”だけでなく、その配分がどう受け止められるか を想像しておくことが、相続を穏やかに進める最大のポイントです。
障がいのある子への配慮不足
ご家族に障がいのあるお子さんがいらっしゃる場合、遺言の書き方がその後の生活に大きく影響します。
普段から一緒に暮らしていると、「家族だから大丈夫だろう」「兄弟が助けてくれるはず」と自然に思ってしまうこともあります。
しかし、実務の現場では、障がいのあるお子さんへの支援が遺言に書かれていないことで、その後の生活が不安定になってしまうケース が少なくありません。
● よくある“配慮不足”の例
・健康な兄弟と同じ割合で分けてしまう
・支援してくれる人(兄弟など)への負担を想定していない
・将来の生活費・施設利用費などの見通しを書いていない
・成年後見制度や信託を利用しないままお金だけ渡してしまう
どれも悪気があるわけではなく、「家族だから大丈夫」という気持ちから起こるものです。
● 実務で起こるトラブル
・お金は相続できたのに、管理できる体制が整っていない
・兄弟がサポートしきれず、関係が悪くなる
・福祉サービスにつなぐ人がいない
・兄弟間で「誰が面倒を見るのか」を巡って摩擦が生まれる
・“本人名義の預金”が動かせなくなり、行政手続きが止まる
障がいのあるお子さんの場合、単に相続割合を決めるだけでは十分でないことがあります。
● 配慮として考えておきたい選択肢
家族関係を守りながら、お子さんの将来も支えるために、遺言の中で次のような工夫をすることがあります。
1.生活費の確保
将来の生活費・医療費・施設利用費などを見越して、一定の財産を確保しておく。
2.管理できる体制を整える
・信頼できる家族を「遺言執行者」にする
・必要に応じ「後見制度」や「家族信託」を検討する
3.支援する兄弟への“言葉のフォロー”
兄弟に気持ちが伝わるよう、「お願いしたい理由」「無理のない範囲で」など、温かい付言事項を添えておくと、誤解が生まれにくくなります。
4.家族全体の負担のバランスを意識する
財産の配分には数字だけでなく、“これまでの介護”や“今後必要になる支援”といった背景も反映させる。
● 大切なのは“安心して暮らせる仕組み”を残すこと
障がいのあるお子さんの相続は、財産の配分だけでなく「どうすれば安心して生活が続くか」を一緒に考えることが何より大切です。
遺言は、その子のこれからの人生をそっと支える“未来へのバトン”のような役割を果たします。
遠方の子が財産の内容を知らず、不信感が生まれた
ご家族の中に、遠方に住むお子さんがいる場合、遺言で初めて「財産の内容」を知る というケースがあります。
普段の生活で会う回数が少ないため、
・どこに不動産があるのか
・預金がどれくらいあるのか
・誰がどんな形で支えてきたのか
を知らないまま、遺言の内容だけを突然知らされることになります。
それ自体は珍しいことではありませんが、実務ではここが 不信感のきっかけ になることがよくあります。
● なぜ不信感が生まれるのか
遠方に住むお子さんは、日頃の状況を知らないぶん、「なぜ自分にはこれだけなのか?」という疑問を持ちやすくなります。
とくに、
・自宅は同居の子
・預金は一部だけ分配
・介護をしてきた子に多めに配分
といった内容を遺言で初めて知ると、「自分は大事にされていなかったのでは」「兄弟で話がついていたのでは」と捉えられてしまうことがあるのです。
本人はそんなつもりがなくても、距離のある分、気持ちが見えにくいという難しさがあります。
● 実際にあったつまずき
遺言は本人の思いやりから書いたものであっても、受け取る側の状況によっては、まったく別の意味に読まれてしまうことがあります。
● 不信感を防ぐための工夫
遠方のお子さんがいる場合は、遺言の中に “一言だけ” 気持ちを書き添えておくことで、受け取り方が大きく変わります。
たとえば
・「普段なかなか会えないが、いつも気にかけている」
・「同居の子には介護の負担が大きかったため、自宅を託します」
・「あなたを信頼しているので、無理のない範囲で見守ってほしい」
こうした付言事項は、法的な効力はありませんが、兄弟間の理解と安心につながる大きな意味 を持ちます。
また、可能であれば“財産を整理したノート” を残しておくことで、子どもたちが混乱せずに済むケースも多いです。
● 大切なのは「気持ちが伝わる仕組み」を残すこと
遺言の目的は、財産を渡すことだけではなく、家族がこれからも穏やかに関係を続けられるようにすることです。
遠方に住むお子さんがいる場合は、
・情報が届きにくい
・生活の距離がある
という現実を踏まえて、少しだけ言葉を添えてあげることが、家族を守る何よりの配慮になります。
訂正方法が民法の方式に合っていない
自筆証書遺言は「自分で書いて、自分で直せる」点が大きな魅力です。
しかし、書き間違えた部分の訂正には、民法で細かく決められたルールがあり、自己流で直してはいけません。
このルールは、「誰がどこを訂正したのか」「本当に本人の意思で修正したのか」を後から確実に判断できるようにするために存在します。
ところが、この“訂正の方式”が想像以上に複雑で、実務では 訂正の仕方を誤ったために、その部分だけ無効 となる例が非常に多く見られます。
● よくある訂正の誤り
以下は、相続の現場でしばしば見かける誤った訂正です。
- 修正液で消して上から書き直す
- 二重線を引いただけ
- 付箋を貼って文章を差し替える
- 訂正の印(訂正印)を押していない
- どこを訂正したのか分からない
日常のメモでは自然な行為ですが、遺言ではすべて方式違反。
法律上は「訂正したとは認められない」扱いになります。
● “誤りの例” と “正しい訂正方法”
法務局の公式サイトでは、誤った訂正例と正しい訂正例が図で紹介されています。

左の例では、文章自体は書き直していても、
- 訂正した箇所の明示
- 「何字削除・何字加入」の付記
- 署名と押印
がされておらず、訂正として認められません。
右側の正しい例のように、
- 訂正した箇所を示し(例:「上記2中」)
- 「3字削除3字加入」など訂正内容を付記し
- その横に署名し
- 訂正箇所に押印
という 4つのステップ が必要です。
修正液・修正テープは絶対に使えません。
● 実際に起きるトラブル
① 訂正部分が“無効”扱いになる
訂正方法を間違えると、その修正が認められません。
すると、
・地番の数字が一桁抜けたまま
・預金額が誤記のまま
・相続人の名前が古いまま
といった危険な内容が残り、結果として相続登記・銀行手続きがストップします。
② “どちらが正しいのか”相続人が揉める
訂正が不適切だと、「直したのか、元のままなのか」相続人の解釈が分かれることがあります。
・兄:「直っているように見えるからこっちだ」
・妹:「訂正の印がないから無効でしょ」
というように、不要な衝突の原因になります。
③ 金融機関・法務局で補正が必要になり、時間がかかる
訂正が不適切だと、銀行や法務局から
- 「この部分を説明してください」
- 「訂正内容が読み取れません」
といった補正が入り、手続きが遅くなります。
実務上、非常によくあるつまずきです。
● 安心して書くためのポイント
・一度書いた内容を大きく変えたいときは、新しい遺言を書き直すほうが安全
・小さな訂正でも、必ず署名・押印が必要
・修正液・付箋・二重線だけは絶対に避ける
訂正は一見小さな作業ですが、遺言の“有効・無効”を左右する重要ポイントです。
この部分をしっかり押さえるだけで、遺言が安心して使える確率は大きく上がります。
「相続させる」と「遺贈する」の使い分け違い
遺言を書いていると、「相続させる」と書くべきか、「遺贈する」と書くべきか、迷われる方がとても多いです。
一見すると同じ意味に見えますが、誰に財産を渡すかによって、使う言葉が変わります。
ここを間違えると、後の手続きで思わぬつまずきが生まれるため、正しく使い分けることがとても大切です。
● 相続人に財産を渡すときは「相続させる」
配偶者・子・父母・兄弟姉妹など、法律上の相続人に財産を渡す場合は、「相続させる」 を使います。
この書き方は法律用語で特定財産承継遺言(とくていざいさんしょうけいいごん)と呼ばれます。
特定財産承継遺言で「相続させる」と書かれている場合、不動産の名義変更(相続登記)はその相続人だけで単独申請できるという大きなメリットがあります。
・兄弟全員の印鑑
・相続人全員の書類
は不要で、手続きがとてもスムーズです。
● 相続人以外に渡す場合は「遺贈する」
孫、甥・姪、友人、内縁の妻、法人など、相続人ではない人に渡す場合は「遺贈する」 を使います。
遺贈の場合は従来、「相続人全員+受遺者(もらう側)」での共同申請が必要で、協力が得られず手続きが止まるケースが多くありました。
● 令和5年4月1日からは“相続人への遺贈”も単独申請が可能
法律改正により、受遺者(遺贈を受ける人)が相続人である場合に限り、不動産の名義変更を“単独で申請できる”ようになりました。
これは、
・相続を円滑に進める
・所有者不明土地を減らす
という目的で導入された制度です。
ただし、相続人ではない人への遺贈は、今まで通り“相続人全員の関与が必要”である点は変わりません。
つまり、法改正があっても「相続人には相続させる」「相続人以外には遺贈する」という基本の使い分けは変わりません。
では、相続人への遺贈でも安心なの?
法律上は問題ありませんが、実務と家族の受け取り方を考えると、次の点で“余計な混乱”が生まれることがあります。
● 実務で起きる混乱
・相続人同士が「なぜ遺贈と書いたのか」と解釈で迷う
・財産ごとに「相続」「遺贈」の表現が混ざり、遺言全体の整合性が弱くなる
・金融機関が「なぜ遺贈扱いなのか」を確認してくる
・専門家のサポートが必要になる場面が増える
手続きができるできないの話ではなく、家族が読み間違えないこと・安心して受け止められることが、とても大切なのです。
● 相続人 → 相続させる(特定財産承継遺言)
● 相続人以外 → 遺贈する
この2つを押さえておけば、遺言の実効性はぐっと高まり、家族が迷わず手続きを進めることができます。
最後に
「相続させる」か「遺贈する」かは、文章としては小さな違いですが、相続の進み方と家族の気持ちに大きく影響する部分 です。
迷ったときは、「渡したい相手は相続人かどうか」だけを思い出していただければ大丈夫です。
遺言執行者の指定がない
遺言の内容を、実際の手続きとして形にしていく役割を遺言執行者(いごんしっこうしゃ) といいます。
遺言執行者は、遺言を書いたご本人の代わりに
・銀行の解約や名義変更
・不動産の相続登記
・財産の整理と引き渡し
などを進める、“実働担当者” のような存在です。
ところが、遺言にこの遺言執行者が書かれていないケースは多く、その結果、相続人の負担が大きくなってしまう場面がよくあります。
● 遺言執行者がいないとどうなるのか
遺言の内容がはっきり書かれていても、実際の手続きを進める際には、銀行・法務局・証券会社など、複数の機関での確認が必要です。
遺言執行者がいないと、相続人全員が関わる必要が生じる ため、次のような問題が起きやすくなります。
● 実務で起きるトラブル
1.相続人全員の協力が必要になり、手続きが進まない
・連絡がつかない
・気持ちの整理がつかない
・内容に納得していない
など、一人でも協力しない相続人がいると手続きが動きません。
2.手続きに時間と労力がかかる
銀行・法務局・証券会社は、「相続人全員の確認」を厳しくチェックします。
相続人が離れて住んでいたり、仲が良くなかったりすると、何か月もかかることがあります。
3.相続人同士が気まずくなる
「印鑑を押してくれない」「手続きに協力してくれない」といった感情のすれ違いが、兄弟間の関係を悪化させることがあります。
4.結局、遺言があるのに遺産分割協議に逆戻り
遺言どおりに進めれば良い話なのに、相続人の協力が得られず、別途「分割協議」が必要になるケースも珍しくありません。
● 遺言執行者を指定するメリット
遺言執行者を指定しておくだけで、遺言の実行は驚くほどスムーズになります。
実務経験の中で、遺言執行者がいる遺言と、いない遺言では手続きのストレスがまったく違うと強く感じています。
● 誰を遺言執行者にするべきか
一般的には、次のいずれかです。
・信頼できる家族
・司法書士や弁護士などの専門家
家族間の関係に不安がある場合や、財産の種類が多い場合は、中立の立場で淡々と進められる 専門家 が安心です。
● 遺言執行者の指定は“一文で完了”
指定の仕方はとてもシンプルです。
(例)
「本遺言の遺言執行者として、長女 山田花子を指定する。」
「司法書士 ○○○○(事務所住所:△△)を遺言執行者に指定する。」
この一文があるだけで、ご家族の負担は大きく軽くなり、あなたの思いが確実に実現されます。
共同遺言になっている
ご夫婦や親子がとても仲の良いご家庭では、「二人で一枚の遺言を書けば早いのでは?」と思われることがあります。
しかし、民法では二人以上が一つの遺言を作る “共同遺言” は禁止されています。
たとえば、
「夫と妻が連名で署名した遺言」
「両親が同じ紙に『私たちの財産はこう分ける』と書いたもの」
これは、どれほど気持ちを込めて書かれていても無効 となってしまいます。
● なぜ共同遺言が禁止されているのか
遺言は、「自分の意思を、亡くなる直前まで自由に変えられる」という考え方が基本です。
もし共同遺言を認めてしまうと、
・夫が内容を変えたい
・妻が変更に反対する
という状態になり、遺言者それぞれの「自由な意思」が守れなくなります。
そのため、法律は遺言は一人につき一通ずつという原則を大切にしています。
● 実務で起きるトラブル
共同遺言が無効と判断されると、次のようなつまずきが起こります。
1.遺言が丸ごと使えない
せっかく書いた内容が、
法的には存在しなかったことになります。
相続人は、遺産分割協議に戻らざるを得ません。
2.兄弟間で「どこまで有効か?」と議論になりやすい
気持ちがこもっているほど、「ここだけでも使えないか」と揉めてしまうことがあります。
3.想定していた承継の流れが崩れる
夫婦の話し合いで決めた“財産の渡し方”が実現できず、結果として不公平感が生まれるケースもあります。
● 正しい作り方
共同遺言にならないためには、必ず「一人が自分の意思を書き、署名・押印する」という形にします。
夫婦それぞれが、
・別の紙に
・自分の言葉で
・自分の署名と押印で
遺言を書く必要があります。
書かれる内容は似ていて構いませんし、お互いに相談しながら作成することも問題ありません。
ただし、形式として“一枚に二人の意思を書かない”という点が最重要です。
● 夫婦で同じ方向の遺言にしたい場合は?
夫婦それぞれが個別の遺言書を作り、内容を合わせることで、実質的には同じ方向の遺言になります。
また、財産が複雑な場合は、第三者(司法書士・弁護士など)のサポートにより安全な形に整理することもできます。
● 最後に
共同遺言は、仲の良いご夫婦ほど書きたくなる形式ですが、法律では絶対に認められていないという点だけ、ぜひ覚えておいていただければ安心です。
「一人ひとりが、自分の意思で書く」これが遺言の大切な基本です。
付言事項が逆効果になる
遺言の最後によく添えられる「付言(ふげん)事項」。
法的な効力はありませんが、気持ちを伝えるためにとても大切な部分 です。
・子どもたちへの感謝
・介護をしてくれた人へのねぎらい
・家族の仲を気遣う言葉
こうした文章は、遺言を受け取る家族にとって“心の支え” になることが多いものです。
しかし一方で、付言の書き方によってはかえって家族の誤解や不信感を生むことがあるという難しさもあります。
● 付言事項が逆効果になる例
次のような書き方は、本人としては善意でも、受け取る側にとって別の意味に読まれてしまうことがあります。
1.「長男には苦労をかけた」など、気遣いが偏りすぎている
→ 他の兄弟が「自分は?」と感じてしまう。
2.「この財産の分け方に一切異議を唱えないこと」
→ 強い口調は“押し付けられた”と感じられやすい。
3.「母の介護は長女に任せます」
→ 負担を固定され、長女が大きなプレッシャーを抱える。
4.特定の子を極端に持ち上げる文章
→ 他の子が「比べられている」と受け取り、関係が悪化する。
5.“本音”を書きすぎてしまう
→ 家族の古い傷を呼び起こし、感情の対立が強くなる。
付言は気持ちを伝える場ですが、生身の家族が読む という前提を忘れると、予期せぬ形で心に刺さってしまうことがあります。
● 実務で起きたつまずき
- 付言が原因で兄弟が疎遠になった
- 相続の公平性より「言葉」の印象が強くなり、話し合いが進まない
- 本来は問題ない遺言なのに、付言への不満で争いに発展
- 介護を指名された子が精神的に追いつめられた
文章としては小さな部分ですが、家族の感情に直接触れるため、影響は大きい のです。
● 付言事項を“良い方向”に活かす書き方
付言は「家族が前を向けるようにするための言葉」として使うと、遺言全体が柔らかく、温かく伝わります。
1.誰かだけでなく“家族全体”に向ける
例:「これまで家族に支えられてきたことに心から感謝しています。」
2.過度に指示しない
例:「無理のない範囲で助け合ってくれたらうれしく思います。」
3.財産の配分の理由を、やさしく伝える
例:
「長男には家の管理をお願いしたい気持ちから、自宅を託します。」
4.兄弟間の負担を決めつけない
例:「誰か一人に負担が集中しないよう、無理のない形で相談してください。」
5.“ありがとう” を中心に
例:「皆がそれぞれの場所で一生懸命生きてくれたことが、何よりの喜びでした。」
● 付言は“温度調整”が大切
付言は、家族に向けた最後のメッセージです。
だからこそ、書く側の気持ちが強すぎても、弱すぎても、意図しない受け取られ方をする可能性があります。
大切なのは、
・家族全員への感謝
・無理のない支援のお願い
・遺言の意図をやわらかく説明すること
この3つをバランスよく入れることです。
● 最後に
付言事項は、家族の心をそっと支える“あたたかい一言”として使えます。
ただ、感情の振れ幅が大きい部分でもあるため、必要以上に強い言葉や、一方に偏った表現は避けるという点だけ意識しておくと、遺言が家族の未来を守るものになります。
法務局の「自筆証書遺言書保管制度」を正しく理解する
法務局保管制度の正式名称は自筆証書遺言書保管制度です。
この制度は、
自筆証書遺言を法務局が預かってくれる仕組みで、
・紛失を防げる
・改ざん防止になる
・家庭裁判所の検認が不要になる
というメリットがあります。
しかし、誤解されやすい重要ポイントがあります。
内容の正確性まではチェックされない
法務局が確認するのは
・本人確認
・方式
のみであり、
不動産の誤記や口座番号の間違いがあってもそのまま保管されます。
たとえば
・住所の番地を間違えている
・地番が違う
・名義人を旧姓で記載している
・“相続させる” と “遺贈する” が逆
といったミスも受理されてしまい、実際の相続手続きで問題が発覚します。
保管制度を利用する前に“内容のチェック”が必須
自筆証書遺言を安全に使うには、「内容チェック→法務局で保管」という流れが最も安全です。
実務では、この順番を誤る方が多く「法務局に預けているから安心」と思い込んでしまうケースが目立ちます。

公正証書遺言との違いと、どちらを選ぶかの目安
自筆証書遺言と並んでよく選ばれる遺言が、公正証書遺言(こうせいしょうしょいごん) です。
公正証書遺言は、公証人という法律の専門家が作成に関わるため、「手続きが安心」「間違いが少ない」といったイメージがありますが、実務では、もっと具体的な違いがあります。
ここでは、現場で本当に感じる“手続きの負担の差” という視点で比較してみます。
| 項目 | 自筆証書遺言 | 公正証書遺言 |
|---|---|---|
| 内容の正確さ | 誤字・数字の誤記が起きやすい。形式不備も多い。 | 公証人が確認するため誤記がほぼない。無効リスクが極めて低い。 |
| 保管 | 自宅保管 or 法務局の保管制度。紛失リスクあり。 | 公証役場が原本を保管。紛失の心配なし。 |
| 実行時の手続き | 検認が必要(1〜2か月以上)。内容が曖昧だと家族が迷う。 | 検認不要。そのまま使える。銀行・法務局の手続きがスムーズ。 |
| 争いの予防 | 手書きゆえに“本当に書いたの?”と疑念が出ることも。付言で誤解が生じやすい。 | 第三者(公証人)が関わるため安心感が強い。争いの予防効果が高い。 |
| 費用 | 紙とペンのみ。無料。ただし後の手続き負担が大きくなることも。 | 公証人費用が必要。作成の手間もあるが、実行は圧倒的に楽。 |
| 向いている人 | 財産が少ない・まず一歩書きたい・書き換えたい人。 | 不動産が複数・相続人が多い・争いを避けたい人。 |
● どちらが“良い”という話ではない
どちらの遺言が「良い」「悪い」というよりも、大切なのは ご家庭の状況に合っているかどうか です。
自筆証書遺言が向いているのは、
・まず一歩、自分の気持ちを書いてみたい
・財産のボリュームはそれほど多くない
・状況に合わせて、こまめに書き換えたい
・法務局の自筆証書遺言書保管制度を活用したい
といった方です。
一方で、次のようなご家庭では、公正証書遺言のほうが安心です。
・子どもがいない夫婦(配偶者と兄弟姉妹での対立が起こりやすい)
・再婚家庭(血のつながりによる感情的な対立が生じやすい)
・不動産が複数あり、分け方や売却方法の指定が必要な場合
・相続人同士の関係があまり良くない、温度差がある
・将来の認知症リスクが心配で、筆跡を巡る争いは避けたい
遺言は、「書くときの手間」と「亡くなった後の手間」のバランスで考えることが大切です。
自筆証書遺言は作成は手軽ですが、そのぶん相続が始まってからの負担が大きくなることがあります。
公正証書遺言は作成時に手間と費用がかかりますが、その後の相続手続きはとてもスムーズです。
どちらを選ぶにしても、「自分にとって」ではなく 「家族にとって負担が少ないのはどちらか」 を一緒に考えていくことが大事だと感じています。
失敗しない自筆証書遺言の書き方ステップ
まずは、不動産・預金・証券・保険など、把握している財産を紙に書き出します。
登記事項証明書や通帳を確認しながら作ることで、地番・口座番号の誤記を防げます。
あいまいな書き方は、後の相続で必ずつまずきます。
「自宅」「預金」ではなく、どの不動産をどの割合で、どの口座をどの人にと具体的に決めていきます。
実務ではここが最も重要です。
- 相続人に渡す → 「相続させる」(特定財産承継遺言)
- 相続人以外に渡す → 「遺贈する」
この使い分けだけで、遺言の“使いやすさ”は大きく変わります。
遺言の本文は、必ず ご本人の手書き が必要です。
財産目録は、
・パソコン作成
・通帳のコピー
・登記事項証明書の添付
などでも問題ありません(ページごとの署名押印は必須)。
ほとんどのミスは、この段階で未然に防げます。
書き方・地番・名義・用語・家庭事情との整合性を確認することで、「せっかく書いたのに使えない」という事態を避けられます。
よくある質問
- 遺言の書き方を間違えていて、無効になると言われました。どうすればいいですか?
-
遺言者がご健在であれば、内容はそのまま参考にしつつ、新しい遺言を作り直すのが最も安全です。
遺言は最新の日付のものが優先されます。
形式不備のある遺言に無理に合わせるより、新しく正しい方式で作成した方が確実です。 - 自筆証書遺言の一部だけ間違えている場合、修正すれば使えますか?
-
自筆証書遺言の訂正は、民法の決められた方式を満たす必要があります。
訂正方法は非常に細かいため、多くの場合は訂正より“書き直し”の方が確実で安心です。 - 自筆証書遺言が無効と言われ、家族から遺産分割協議を求められました。応じるべきですか?
-
自筆証書遺言が無効と判断された場合、その財産については法律上、遺産分割協議で分け方を決める必要があります。協議がまとまらないと、相続人の誰かが家庭裁判所に「遺産分割調停」を申し立て、最終的には裁判所の審判で決められることもあります。
“協議に応じる=相手の案を受け入れる”という意味ではなく、無効となった遺言の内容も、話し合いの参考資料として扱われることはよくあります。故人の意図をできるだけ尊重した形に落ち着くケースも多いため、協議の場ではご自身の考えを冷静に伝えることが大切です。
調停や審判では、家庭裁判所が事情を踏まえて進行します。どのように進むのか不安がある場合は、制度や必要書類について家庭裁判所から説明を受けたり、専門職へ手続きの流れを確認したりすることで、全体像がつかみやすくなります。
- 遺言が見つかりましたが、自分に不利なので隠しています。どんな問題がありますか?
-
遺言書を故意に隠すことには、法律面でも実務面でも大きな問題があります。
相続人が遺言を見つけた場合は、家庭裁判所に提出する義務があるとされており、故意に隠したことで後から損害賠償や責任追及につながる可能性があります。
また、遺言を隠したまま銀行や不動産の手続きを進めると、後で遺言の存在が発覚した際に、手続きがすべてやり直しになったり、金融機関が手続きを停止したりするため、家族に大きな負担をかけることになります。さらに、「なぜ隠したのか」という不信感が残り、家族関係が悪化してしまうことも少なくありません。
もしすでに隠してしまっている場合でも、早めに専門家へ相談すれば、正しい手続きに戻すことで取り返しがつくことが多いので、一人で抱え込まずにご相談ください。
まとめ
自筆証書遺言は手軽に始められる一方で、ほんの小さな書き間違いが手続きを止めてしまうことがあります。
しかし、ポイントを押さえて丁寧に作れば、あなたの想いをご家族にしっかり届け、相続の負担を大きく減らしてくれる心強い方法になります。
「これで正しいのかな」「この書き方で大丈夫だろうか」そんな不安が出てきたときは、どうぞ気軽にご相談ください。
西宮市の シアエスト司法書士・行政書士事務所では、ご家族の状況や財産の内容に合わせて、あなたの想いが確実に伝わる“失敗しない遺言書”づくりを丁寧にお手伝いしています。
あなたとご家族にとって、将来の安心につながる形を一緒に整えていきましょう。


