【親なきあと対策】発達障害のある子の将来を守るには?「金銭管理」と「契約トラブル」を防ぐ法的な備え

こんにちは。 シアエスト司法書士・行政書士事務所の代表、今井康介です。

近年、発達障害(ASDやADHDなど)に対する社会的な理解は、少しずつですが確実に進んできていると感じます。 しかし、日々の業務で親御様からご相談をお受けしていると、 「理解が進むこと」と「将来の不安が消えること」は別問題なのだと痛感します。

特に切実なのが、「お金と契約」にまつわる不安です。

「この子が将来、誰かに騙されて高額な契約をさせられないだろうか」
「私たちが亡くなった後、誰が生活費を管理してくれるのだろうか」

こうした不安は、漠然とした心配事ではなく、将来起こりうる具体的なリスクです。 だからこそ、精神論ではなく、法律や契約という「具体的な自衛策」で守りを固める必要があります。

今回は、最新の福祉動向も踏まえつつ、司法書士の立場から提案できる「お子様の将来を守るための具体的な備え」についてお話しします。

目次

1. 発達障害のある方が直面する「3つの法的リスク」

親御さんが抱える「漠然とした不安」を、法律実務の視点から翻訳すると、大きく3つの具体的なリスクに集約されます。

これらは、障がいのあるご本人の性格の問題ではなく、「社会の仕組み」と「ご本人の特性」のミスマッチから生じる構造的な問題です。

① 契約トラブル(消費者被害)

発達障害(特にASDやADHD)のある方は、その純粋さや、「断ることが苦手」「言葉を額面通りに受け取る」といった特性を持たれていることがあります。 悪質な業者は、そこにつけ込みます。

  • 不要な高額契約: 「安くなりますよ」と言われてスマホやWi-Fiの多重契約をしてしまう。
  • 投資・マルチ商法: 「絶対に儲かる」「仲間になろう」と誘われ、断りきれずに借金をしてまで契約してしまう。

成年後見制度などの「守る仕組み」がない状態で契約書にサインをしてしまうと、後から「騙された」と主張しても、取り消すことが非常に難しくなります。

② 遺産分割の停滞(資産の凍結)

親御さんが亡くなった後、すぐに直面するのが相続手続きです。 銀行預金の解約や不動産の名義変更には、相続人全員による「遺産分割協議(話し合いと合意)」が必要です。

もし、障がいのあるお子様に「協議の内容を理解し、判断する能力が不十分」とみなされた場合、どうなるでしょうか。

  • 手続きのストップ: 遺産分割協議書にハンコを押すことができず(押しても無効となり)、手続きが完全に止まります。
  • 資産の凍結: 親御さんの口座が凍結されたまま、葬儀費用や当面の生活費さえ引き出せない事態に陥ります。

「きょうだいが代わりにやってあげればいい」と思われるかもしれませんが、利益相反(利益が対立する関係)となるため、法律上、きょうだいが代理人になることは原則できません。

③ 親なきあとの生活費(金銭管理)

仮に遺産を相続できたとしても、その後の管理の問題が残ります。

  • 通帳の管理: 誰が通帳と印鑑を保管するのか。福祉のヘルパーさんは、原則として金銭管理までは行えません。
  • 計画的な支出: ご本人に大金を渡してしまうと、特性(衝動性やこだわり)ゆえに、趣味や嗜好品に短期間で使い果たしてしまうリスクがあります。

これらのリスクは、どれも「起きてから」では対応が難しいものばかりです。 しかし、事前に法的な手当てをしておけば、防ぐことができる問題でもあります。

2. 誤解されがちな「成年後見制度」のリアル

「将来、この子の判断能力が心配だから、すぐに成年後見人をつけなきゃいけないのかしら?」 そう焦って相談に来られる親御さんもいらっしゃいますが、実はここには大きな誤解があります。

発達障害のある方への支援において、一般的な「法定後見制度(すでに判断能力がない人向けの制度)」は、必ずしもベストな選択とは限らないのです。

「判断能力がない」わけではないからこそ難しい

認知症などで判断能力が著しく低下している場合は、成年後見制度のうち、支援者が広範な権限を持つ「後見」類型が適しています。

一方、発達障害のある方の多くは、「判断能力が全くない」わけではありません。 日常の買い物はできるし、自分の好きなことには素晴らしい集中力を発揮する。けれど、複雑な契約や、突発的なトラブル対応だけが苦手、というケースがほとんどです。

このような場合、成年後見制度の中でも、ご本人の能力に応じて制限を緩やかにする「保佐(ほさ)」や「補助(ほじょ)」という類型を選ぶことも可能です。

「ガチガチの管理」が窮屈になることも

しかし、「保佐」や「補助」を使っても、「裁判所の監督下に入る」という点に変わりはありません。 法定後見制度の主目的は「財産の保護」であるため、どうしても「本人の楽しみのための出費」や「柔軟な資産活用」には慎重になりがちです。

ご本人に「自分らしく生きたい」という意思があるのに、制度が「ガチガチの管理」すぎて窮屈になってしまう。これでは本末転倒です。

そこで、私が提案したいのが、よりオーダーメイドで柔軟な支援を実現する以下の方法です。

柔軟な支援を実現する2つの方法

① 財産管理等委任契約
判断能力は十分あるけれど、金銭管理が苦手な場合に。「金庫番」としての役割だけを専門家や親族に任せる契約です。

② 任意後見契約
「将来、もし判断ができなくなったら、この人に支援を頼む」と、元気なうちに自分で決めておく契約です。法定後見と違い、支援の内容をオーダーメイドで決められます。

3. 司法書士が提案する「親子のための防波堤」

「制度のことは分かったけれど、具体的にどんな契約をすればいいの?」 そう思われる親御様のために、司法書士として提案できる「3つの法的な防波堤」をご紹介します。

これらは、お子様の特性や、ご家庭の資産状況に合わせて自由に組み合わせることが可能です。

① 財産管理等委任契約(「金庫番」をつける契約)

「判断能力はあるけれど、金銭管理が苦手」というケースに最適な契約です。 例えば、「計算が苦手でお釣りを間違える」「欲しいものがあると後先考えずに使ってしまう」といった特性がある場合、成年後見制度(判断能力の低下が要件)は使えません。

そこで、専門家や信頼できるご親族とこの契約を結び、「金庫番」となってもらいます。

  • 仕組み: 通帳や実印を管理者が預かり、必要な生活費だけをご本人に渡す、家賃や公共料金の支払いを代行する、といったサポートを行います。
  • メリット: ご本人の判断能力に関わらず、浪費や消費者被害(使い込み)を物理的に防ぐことができます。

② 任意後見契約(将来への予約)

現在は判断能力に問題がなくても、将来、加齢や病気によって判断能力が低下した時に備えておく契約です。

  • 仕組み: 元気なうちに、「将来、判断能力が低下したら、この人(親族や専門家)に後見人になってもらう」と決めて契約しておきます。
  • メリット: 裁判所が選んだ面識のない人が後見人になる「法定後見」とは異なり、ご本人や親御さんが信頼できる人を、あらかじめ自分で選んでおける点が最大の安心材料です。

③ 遺言書(親御さん側の備え)

お子様を守るためには、親御さん自身の「遺言書」も非常に重要です。 ただし、単に「全財産をあの子に相続させる」と書くだけでは不十分な場合があります。

一度に大金を渡してしまうと、管理しきれずにトラブルに巻き込まれるリスクがあるからです。

  • 重要な視点: 「誰に(障がいのある子に)」渡すかだけでなく、「誰に管理させるか」まで決めておく必要があります。
  • 具体的な方法: 遺言の中で、財産管理を行う「遺言執行者」を指定したり、遺産をそのまま渡さず信託銀行などに管理させる「遺言信託」や「福祉型信託」の仕組みを活用したりすることで、財産が確実にお子様の生活のために使われるよう手配します。

これらの契約は、お子様を縛るためのものではなく、社会の荒波から守るための「防波堤」です。 どの高さ、どの強さの防波堤が必要かは、お子様の特性によって異なります。

4. 現場で大切にしている「ご本人の意思」

法律や契約の話ばかりしていると、どうしても「管理すること=制限すること」というイメージを持たれがちです。 しかし、私たち司法書士が目指しているのは、決してご本人を縛ることではありません。

「管理」=「制限」ではない

財産管理契約や後見制度の本来の目的は、ご本人が「安心して自分らしくお金を使うための環境」を作ることです。

  • 詐欺被害に遭わないように守る。
  • 家賃や公共料金の支払いを確実に行い、生活基盤を守る。
  • その上で、趣味や楽しみのために使えるお金を確保する。

これらはすべて、ご本人の生活を制限するのではなく、「失敗して生活が破綻するリスク」を取り除くことで、自由な生活を支えるための土台となります。

法律家を「サポート役」として使ってください

「法律家に相談すると、難しいことを言われて、あれもこれもダメだと言われるのではないか」 そんな不安をお持ちの方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、私たちは「ダメ」と言うだけの存在ではありません。 ご本人や親御さんが「こうしたい」「こうありたい」という願いを実現するために、法律という道具を使って「どうすれば安全に実現できるか」を一緒に考えるサポート役です。

「管理される」のではなく、「味方をつける」。 そんな感覚で、私たち専門家を活用していただければと思います。

まとめ:制度を知ることが、最強の「お守り」になる

親御様にとって、ご自身が亡くなった後のお子様の生活は、何よりも気がかりなことだと思います。 しかし、その漠然とした不安は、法律や契約という「具体的な対策」に落とし込むことで、確実に解消していくことができます。

制度を知り、準備しておくこと。 それこそが、お子様の将来を長く守り続ける「最強のお守り」になります。

お子様の特性や、ご家庭の事情は一人ひとり異なります。 だからこそ、既存の枠に当てはめるのではなく、「その子に合ったオーダーメイドの設計」を一緒に考えていきましょう。

シアエスト司法書士事務所が、ご家族の安心を作るためのパートナーとして、全力でサポートさせていただきます。

代表司法書士・行政書士 今井 康介

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