こんにちは。 シアエスト司法書士・行政書士事務所の代表、今井康介です。
皆様は、「きょうだい児」という言葉をご存じでしょうか。 これは、障がいや重い病気のある兄弟姉妹を持つお子さんのことを指す言葉です。
当事者の方にとっては大切な呼び名ですが、親御さんにとっては、我が子をそのように区別して呼ぶことに、少し胸が痛む思いをされる方もいらっしゃるかもしれません。
日々の業務の中で、「親なきあと」のご相談をお受けしていると、親御さんは常に二つの深い悩みの間で揺れ動いていらっしゃいます。
「障がいのあるあの子は、私たちが死んだ後どうなってしまうのか」
「でも、元気な方の子(きょうだい児)には、負担をかけず自由に生きてほしい」
障がいのある子を守りたいという責任感と、もう一人の子に対する「申し訳なさ」にも似た親心。この板挟みのお気持ちは、痛いほどよく分かります。
しかし、この問題は「家族の絆」や「兄弟愛」といった精神論だけでは解決できません。 むしろ、親御さんが元気なうちに「法的な仕組み」を整えておくことで、結果として「きょうだい児の人生を自由にする」ことができるのです。
解決策は、よく知られている「成年後見制度」だけではありません。 近年では、より柔軟に財産を守り、使うことができる「家族信託(かぞくしんたく)」という選択肢も広がっています。
この記事では、きょうだい児に過度な責任を背負わせず、障がいのある子の生活も守るための「具体的な備え」について、司法書士の視点から分かりやすく解説します。
1. きょうだい児が抱える「見えない重圧」と親なきあと問題
親御さんにとっての「親なきあと」とは、いつのことを指すでしょうか。 多くの方は「自分たちが亡くなったあと」をイメージされます。
しかし、法的な実務の現場から見ると、問題はもっと手前、「親御さんが元気でなくなった時点」から始まります。
「親なきあと」は死亡時だけではない
もし、障がいのあるお子さんの生活費や施設利用料を、親御さんの預貯金から出している場合、親御さんが認知症になったり、重い介護状態になったりした瞬間に、大きなリスクが発生します。
それは、「親名義の資産の凍結」です。
認知症によって判断能力が低下したとみなされると、銀行口座からの引き出しや、定期預金の解約、不動産の売却ができなくなります。 その結果、親御さん自身の介護費用に加え、障がいのあるお子さんの生活費までがストップしてしまう恐れがあるのです。
この時、経済的・実務的なしわ寄せがいってしまうのが、元気な「きょうだい児」の方々です。
きょうだい児が抱えている「言えない葛藤」
きょうだい児の方は、幼い頃から「自分がしっかりしなきゃ」と自分を律し、親御さんに心配をかけまいと振る舞う傾向があります。 そのため、大人になってからも、次のような「見えない重圧」を一人で抱え込んでしまうことが少なくありません。
- 「将来は自分が兄弟(姉妹)の面倒を見なければいけない」というプレッシャー
- 進学や就職で、実家から離れることへの罪悪感
- 結婚相手に対して、兄弟の存在をどう伝えるかという不安
「親からは『好きにしていい』と言われているけれど、実際には自分しかいない」 そう感じて、自分の人生の選択を無意識に狭めてしまっているケースも多く見受けられます。
解決の方向性:目指すべきは「見守り役」
では、どうすればきょうだい児の負担を減らせるのでしょうか。 私が提案したい解決の方向性は、きょうだい児を「直接のお世話係」にするのではなく、「仕組みの監督役(見守り役)」にするいうことです。
【お世話係】
お金の管理、施設との契約、日々のケアなどをすべて直接行う。→ 負担が重く、自分の生活が犠牲になる。
【見守り役(監督役)】
お金の管理やケアは「信託」や「専門家」に任せ、それらが適正に行われているかをチェックする。→負担が軽く、自分の人生を歩みながら兄弟を守れる。
この「見守り役」のポジションを作るために非常に有効なのが、次にご紹介する「家族信託」という法的な仕組みです。
2. 柔軟な財産管理を実現する「家族信託(親心信託)」
では、きょうだい児を「お世話係」ではなく「見守り役」にするための具体的な方法とは何でしょうか。 当事務所が、障がいのあるお子さんのいらっしゃるご家庭に最も推奨しているのが、「家族信託(かぞくしんたく)」という制度です。
成年後見制度のような画一的な管理ではなく、「親御さんの想い」を反映させた柔軟な財産管理ができる唯一の仕組みです。
家族信託とは?
家族信託とは、簡単に言えば「親御さんが元気なうちに、信頼できる相手(受託者)に財産の管理権限を託しておく契約」のことです。
もし親御さんが認知症になったとしても、託された財産(信託財産)は凍結されません。 あらかじめ決めておいたルールに従って、受託者が障がいのあるお子さんのために、スムーズにお金を引き出したり、使ったりすることができます。
障がいのあるお子さんへのメリット
成年後見制度との最大の違いは、「お金の使い方の柔軟性」です。
- 成年後見の場合: 裁判所の監督下にあるため、「本人の生存に必要最低限の支出」が原則です。「楽しみのための出費」や「家族へのプレゼント」などは認められないことがあります。
- 家族信託の場合: 契約の中で「本人の楽しみや幸福のために使ってよい」と定めておけば、旅行に行ったり、誕生日プレゼントを買ったり、美味しいものを食べたりといった、「親心に沿った人間らしい支出」が可能になります。
きょうだい児へのメリット
家族信託を活用することで、きょうだい児の方の負担も大きく軽減できます。
- 管理の負担減: 「財産管理」という事務作業が大変な場合は、信託銀行や専門家(司法書士など)がサポートする設計も可能です。
- 精神的な負担減: 「親のお金を勝手に使っていると思われないか」という不安から解放されます。契約という明確なルールに基づいてお金を使うため、堂々と支援を行うことができます。
家族信託は、「親なきあと」だけでなく、「親が認知症になる前」からすぐに効果を発揮する、現代の家族に最も適した備えと言えます。
3. 「成年後見制度」の正しい理解と使い分け
家族信託は「お金の管理」に非常に強い制度ですが、「身上監護(しんじょうかんご)」と呼ばれる、施設への入所契約や入院の手続きなどはできません。
そこで登場するのが「成年後見制度」です。 この制度には「法定後見」と「任意後見」の2種類があり、状況に応じて使い分けることが重要です。
なお、よく誤解されますが、成年後見人であっても手術などの「医療行為への同意」は法的にできません。あくまで入院や入所の「契約手続き」ができるという点にご注意ください。

法定後見制度(すでに判断能力がない場合)
親御さんがすでに認知症などで判断能力を失っている場合は、この制度を利用することになります。家庭裁判所が選任した「後見人」が、本人に代わって財産管理や契約行為を行います。
- メリット
- 身上監護権がある: 施設入所や入院の「契約手続き」を代理できます(家族信託にはできない部分です)。
- きょうだい児の負担減: 司法書士などの専門職(第三者後見人)を選任すれば、きょうだい児が直接、親や障がいのある子の管理をする必要がなくなり、精神的・時間的負担から解放されます。
- デメリット(注意点)
- 柔軟性に欠ける: 裁判所の監督下に入るため、親族への贈与や、本人の生活に直接関係のない支出(孫への入学祝いなど)は認められにくくなります。
- 原則やめられない: 一度開始すると、本人が亡くなるまで原則として終了できません。
- コストがかかる: 専門職が後見人になった場合、月額数万円の報酬が亡くなるまで発生し続けます。
任意後見制度(元気なうちの契約)
こちらは、親御さんが元気なうちに、「将来、判断能力が落ちたら、この人に後見人になってほしい」と自分で決めて契約しておく制度です。
- メリット:
- 自分で選べる: 信頼できるきょうだい児や、特定の専門家を指名できます。
- ライフプランの実現: 「こういう生活を送らせてあげたい」という希望を契約内容に盛り込めます。
「家族信託」+「任意後見」
4. その他の支援制度と司法書士の役割
家族信託や成年後見制度は「管理」の仕組みですが、そもそも「誰に、どれだけの財産を渡すか」を決めておくことも重要です。 ここでは、その他の重要な支援制度と、私たち司法書士がどのようにお手伝いできるかをご説明します。
遺言書(公正証書遺言)
遺言書は、相続手続きの基本であり、きょうだい児への「最後のラブレター」とも言えるものです。
- 争族の防止: 遺言がないと、残された家族全員で「遺産分割協議」をしなければなりません。もし障がいのあるお子さんに判断能力がない場合、協議のために別途、後見人を選任しなければならなくなるなど、きょうだい児に多大な手間がかかります。遺言があれば、この手続きを省略できます。
- 感謝の表現: 「将来、障がいのある子のことを見守ってくれるきょうだい児に、感謝の気持ちとして財産を多めに残す」といった配分も可能です。法的な効力だけでなく、付言事項(ふげんじこう)としてメッセージを残すことで、きょうだい児の心の支えになります。
特定贈与信託(とくていぞうよしんたく)
これは、親御さんが信託銀行などに金銭を預け、そこから障がいのあるお子さんに対して、定期的に生活費や医療費を支払ってもらう仕組みです。
- メリット: 障がいのある方の生活安定を目的とするため、最大6,000万円(特別障害者)まで贈与税が非課税になるという強力な税制優遇があります。
この「特定贈与信託」は、信託銀行などが取り扱う金融商品であり、司法書士が直接契約を受任・組成することはできません。
しかし、当事務所では、 「どの財産を特定贈与信託に回すべきか」 「家族信託とどう組み合わせるのがベストか」 といった、制度利用に向けた財産整理のサポートや、全体の設計図作りをお手伝いすることは可能です。
銀行の窓口へ行く前の「作戦会議」としてご活用ください。
5. 「家族会議」のすすめと専門家の活用
ここまで様々な制度をご紹介してきましたが、最も大切なことは、これらを「単独ではなく、組み合わせて使うこと」、そして「家族全員で話し合って決めること」です。
制度を組み合わせる「ハイブリッドな対策」
障がいのあるお子さんと、きょうだい児の未来を守るためには、一つの制度だけでは不十分な場合があります。 ご家庭の状況に合わせて、パズルのように制度を組み合わせる設計が有効です。
- 家族信託: 日々の生活費や楽しみのためのお金の流れを確保する。
- 任意後見: 将来の施設入所や入院の手続きなど、身の回りの世話(身上監護)を確保する。
- 遺言・特定贈与信託: 財産の承継先や、税制メリットのある資金確保を行う。
このように、それぞれの制度の「得意分野」を組み合わせることで、漏れのない安心な仕組みを作ることができます。
専門家(第三者)を入れる意義
しかし、こうした話を家族だけでしようとすると、どうしても感情が先に立ってしまったり、遠慮が生まれたりして、話し合いが進まないことがよくあります。
- 親御さんの遠慮: 「負担をかけたくない」あまり、本当に頼みたいことを言い出せない。
- きょうだい児の罪悪感: 「できない」と言いたくても、親の期待を感じて断れない。
そこで、私たちのような司法書士が「第三者」として間に入ることには、大きな意味があります。
感情の交通整理: 親から子へ直接言いにくいことも、専門家が通訳となることで冷静に話し合えます。
本音の抽出: きょうだい児の方と個別に面談し、「本当はどこまでなら手伝えるか」という本音を引き出します。
負担の調整: その本音に基づき、「きょうだい児に過度な負担がかからない、持続可能な設計図」を提案します。
「家族会議」は、単なる事務的な打ち合わせではありません。 家族がお互いの想いを共有し、これからの人生を前向きに生きていくためのスタートラインです。その場を整えることも、私たち専門家の重要な役割だと考えています。
まとめ:親なきあとの安心は「仕組み」で作れます
障がいのあるお子さんの将来を守ることと、きょうだい児の方の人生を尊重すること。 この二つは、決して矛盾するものではありません。
親としてできる最大の贈り物は、お金そのものよりも、「きょうだい児に過度な責任を背負わせないための、しっかりとした仕組み」を残してあげることではないでしょうか。
今回ご紹介した「家族信託」や「任意後見」などの制度は、確かに少し複雑に感じるかもしれません。 しかし、親御さんがお元気な「今」であれば、ご家族の状況に合わせて自由に設計できる選択肢がたくさんあります。
「まだ早いかも」と思わずに、まずは「うちの子たちの場合は、将来どうなるんだろう?」というシミュレーションから始めてみませんか。
シアエスト司法書士事務所は、法律の専門家として、そして地域の相談窓口として、ご家族全員が笑顔で過ごせる未来を作るお手伝いをさせていただきます。

