こんにちは。 シアエスト司法書士・行政書士事務所の代表、今井康介です。
日本はよく「無宗教の国」と言われます。 確かに特定の宗教団体に熱心に属している方は少ないかもしれません。しかし、お盆やお彼岸にはお墓参りをし、お正月には初詣に行き、仏壇や故人に静かに手を合わせる。 そうした「祈りの習慣」や「目に見えないものを大切にする心」は、私たちの生活に深く根付いています。
実際の相続や終活の現場でも、お客様から 「特定の宗教や形式にはこだわらないけれど、供養する心は大切にしたい」 「子どもたちに迷惑はかけたくないが、家族のつながりは感じていたい」 というお声を本当によく耳にします。
今回は、そんな日本人の奥底にある温かい「祈りの心」を、どうやって具体的な「将来の安心」に変えていくかについて、司法書士の視点からお話ししたいと思います。
1. 科学が証明する「祈り・信じる心」の効用
「神様なんていない」「非科学的だ」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。 しかし、近年の心理学や脳科学の研究では、宗教の真偽はさておき、人が何かを「信じること」や「祈ること」そのものに、心身を整える高い効果があることが明らかになっています。
- 心理学の視点: 困難に直面したとき、「人生には意味がある」「見守られている」という感覚(スピリチュアリティ)を持つ人は、ストレスからの回復が早く、幸福感が高い傾向にあります。
- 脳科学の視点: 静かに手を合わせる行為や、感謝の言葉を唱える習慣は、脳の活動を落ち着かせ、不安やうつ気分を和らげる「マインドフルネス」と同様のリラックス効果をもたらします。
つまり、お墓参りや仏壇への挨拶といった習慣は、単なる儀式ではなく、「自分自身の心をケアするための、理にかなった習慣」なのです。
だからこそ、人生の締めくくりを考える「終活」においても、財産や書類のことだけでなく、こうした「心のケア(安らぎ)」を無視することはできません。
2. 「心」だけでは守れないものがある
祈りや感謝の心は、私たち自身の心を穏やかにし、生きる力を与えてくれます。 しかし、ここで一つ、法律実務家として冷静な現実をお伝えしなければなりません。
それは、「心の中で願っているだけでは、現実的な問題は解決しない」ということです。
葬儀を誰があげるのか。 お墓はどうするのか。 遺産をどう分けるのか。
こうした現実的な手続きは、どれだけ強く心の中で念じていても、自動的には動きません。
想いがあっても、準備がなければ揉めてしまう
私が実際に担当した事例でも、このようなことがありました。
亡くなられたお父様は、生前、口癖のように「子どもたちには迷惑をかけたくない」「仲良くやってほしい」と仰っていました。神棚にも毎日手を合わせる、信心深い方でした。
しかし、具体的な「遺言書」や「死後事務の依頼」は何もされていませんでした。
その結果どうなったか。 お父様が亡くなった後、葬儀の形式やお墓の場所、そして遺産分割を巡って、ご兄弟の間で激しい意見の対立が起きてしまったのです。
「父さんは質素な葬儀を望んでいたはずだ」
「いや、最後くらい立派に送ってあげるのが供養だ」
どちらも「お父様のため」を想っての言葉です。しかし、正解(本人の意思)が形になっていないために、それぞれの「想い」がぶつかり合ってしまったのです。
「祈り」を「現実の力」にするのが法律の役割
「家族に迷惑をかけたくない」 「みんなが幸せであってほしい」
その尊い祈りを、単なる願いで終わらせず、現実社会で効力を持つ「力」に変えること。 それこそが、法律や契約といった「手続き」の本来の役割なのです。
3. 想いを形にする3つの「法的な祈り」
抽象的な「信じる力」や「祈り」を、現実社会で効力を持つ「契約(法的な形)」に落とし込む。 司法書士として、具体的に提案できるのは次の3つのアプローチです。
これらは単なる書類作成ではなく、あなたの人生観やご家族への想いを未来へ届けるための「手紙」のようなものです。
① 遺言書(感謝の祈り)
遺言書は、財産の分け方を決めるだけの書類ではありません。 「付言事項(ふげんじこう)」という項目を活用することで、法的な効力とは別に、家族へのメッセージを残すことができます。
- 想いの継承: 「長男には苦労をかけたね、ありがとう」 「家族みんなで仲良く助け合ってほしい」 こうした感謝の言葉を記すことで、遺言書は単なる財産目録から、家族の絆をつなぎ直す「ラストレター」へと変わります。
② 死後事務委任契約(旅立ちの祈り)
亡くなった後の葬儀や納骨、身の回りの片付けなどを、あらかじめ信頼できる人や専門家に依頼しておく契約です。
- 自分らしい幕引き: 「無宗教形式で送ってほしい」 「お墓ではなく、海に散骨してほしい」 こうした個人の宗教観や価値観に基づいた希望も、契約として明確にしておくことで、周囲に迷いを生ませることなく実現できます。
③ 尊厳死宣言公正証書(最期の祈り)
回復の見込みがない延命治療を望まないなど、ご自身の医療に対する意思を表明しておく書類です。
- 生命観の尊重: 「最期まで人間らしくありたい」 「自然な形で旅立ちたい」 ご本人が意思表示できなくなった時、ご家族や医師が苦渋の決断を迫られないよう、あなたの生命観を公正証書として残しておくことは、残される人々への深い配慮(祈り)でもあります。
4. 司法書士が見た「準備を終えた人」の穏やかな顔
私たち司法書士は、遺言書の作成や死後事務委任契約の締結といった、人生の重大な決断の場に立ち会います。
そこでいつも印象に残るのが、すべての手続きを終えた直後の、お客様の表情の変化です。 来所された時は不安げだったお顔が、署名・押印を終えて帰られる頃には、まるで神社でお参りをした後のように、憑き物が落ちたようなスッキリとした穏やかな表情に変わられているのです。
「人事を尽くして天命を待つ」という境地
なぜ、法的な書類を作っただけで、これほどまでに心が軽くなるのでしょうか。 それは、漠然とした「老後や死への不安」という霧が晴れ、「やるべきことはやった」という確かな自信が生まれるからだと思います。
昔から「人事を尽くして天命を待つ」と言われます。 いつお迎えが来るか、その時どんな状況かは、誰にも分かりません(天命)。 しかし、「その時が来ても家族が困らないように準備する」こと(人事)は、今の自分自身の力で達成できます。
自分でコントロールできる部分をしっかりと整え終えた時、人は初めて、コントロールできない未来への恐れを手放し、本当の意味での「心の平穏」を得られるのかもしれません。
準備そのものが「心の整え方」になる
元の記事で「心の拠り所の育て方」として紹介されていた、 「大切にしたい価値を書き出す」 「ご先祖や亡き人に話しかける」 といった習慣。
実は、遺言書やエンディングノートを作成するプロセスは、まさにこの作業そのものです。
これまでの人生を振り返り、大切にしてきた価値観を言葉にし、家族への感謝を綴る。 この時間は、事務作業ではなく、ご自身の心を深く整えるための、豊かな時間になるはずです。
まとめ:あなたの「祈り」を、確かな「安心」へ
「信仰心」や「スピリチュアルな感覚」を持つことは、決して非科学的なことでも、恥ずかしいことでもありません。 それは、あなたが長い人生の中で育んできた、優しさや強さの源泉だからです。
どうか、その目に見えない大切な想いを、心の中だけにしまっておかないでください。 「法律」という頑丈な器(うつわ)に入れることで、その想いは初めて、あなたがいなくなった後もご家族を守り続ける「確かな力」になります。
「こんなことを相談してもいいのだろうか」 「うまく言葉にできないけれど……」
そんな迷いも含めて、すべて私たちにお話しください。 シアエスト司法書士事務所が、あなたの祈りを「安心」という形にするお手伝いをさせていただきます。

