「自分で遺言を書いて、法務局に預けておけば安心」
――自筆証書遺言書保管制度が始まってから、こう考える方が一気に増えました。
たしかにこの制度は、
- 紛失・改ざんのリスクを大きく減らせる
- 家庭裁判所での「検認」が不要になる
- 公正証書遺言より費用が安い(保管手数料は1通3,900円)
という意味で、とても優れた仕組みです。
一方で、「どんな人にもベストな選択」ではありません。
実務では、
- 形式は整っているのに「中身」が原因で相続トラブルになったケース
- 「保管してあるから大丈夫」と思い込んでいたのに、実際には使いづらかったケース
も珍しくありません。
この記事では、司法書士の立場から、
- 制度の正しい概要
- メリット・デメリット(カタログ的な話で終わらない部分)
- この制度が「向いている人」と「向かない人」
- 利用の流れと、失敗しないためのポイント
まで、まとめてお伝えします。
1.自筆証書遺言書保管制度とは?ざっくり3ポイント
まず「自筆証書遺言書保管制度とは、そもそも何の制度か」を3つに絞って整理します。
(1)自分で書いた遺言を、法務局が預かってくれる仕組み
- 自筆証書遺言(自分で全文を書く遺言)を
- 指定の法務局(遺言書保管所)に持参し
- 保管申請(手数料3,900円)をすると、原本と画像データで長期保管してくれる制度です。
(2)家庭裁判所での「検認」が不要になる
通常の自筆証書遺言は、相続開始後に家庭裁判所で「検認」という手続きが必要ですが、保管制度を利用した自筆証書遺言は検認が不要です。
その分、相続手続きを早く進めやすくなります。
(3)法務局は「形式だけ」チェックする
ここがとても誤解されやすいポイントです。
法務局が見るのは、
- 全文が自筆か(財産目録を除く)
- 日付・署名・押印があるか
- 方式に合った用紙・レイアウトか
といった「形式的な要件」だけです。内容の妥当性(誰にどれぐらい相続させるか、税務的に問題がないか、争いになりにくいか等)はチェックしません。
2.この制度が向いている人・あまり向かない人
向いている人(例)
- 公正証書遺言の費用は抑えたいが、自宅保管だと紛失・改ざんが不安な方
- 財産規模がそこまで大きくなく、相続人の構成も比較的シンプルな方(例:配偶者+子ども1〜2人)
- 「まずは自分で書いてみたいが、最低限の安全性は確保したい」方
- 遺言を書く心理的ハードルを下げたい方(公証役場より法務局の方が行きやすい、という方も多いです)
あまり向かない人(例)
- 事業用資産・収益不動産・株式など、高額・複雑な財産がある方
- 子ども同士の折り合いが悪い、再婚で前婚の子がいるなど、争いの芽が既に見えている方
- 二次相続(配偶者の次の世代まで)も視野に入れた、長期的な設計が必要な方
- 「遺留分侵害」「税金」「将来の介護」「家族信託・任意後見との組み合わせ」まで含めて設計したい方
こういったケースは、最初から公正証書遺言+その他の生前対策(家族信託など)を組み合わせた方が安全なことが多いです。
3.自筆証書遺言書保管制度のメリット(実務目線)
3-1.紛失・改ざん・隠ぺいリスクを大きく減らせる
- 原本は法務局の専用保管庫で管理され、画像データも併せて保存
- 相続人がこっそり破棄・書き換えたりする余地がほぼありません
自宅のタンスや金庫に入れておく場合と比べると、「遺言自体が消えてしまうリスク」をかなり減らせるのが大きなメリットです。
3-2.費用が安い(ただし“トータル”で考える必要あり)
- 保管申請:1通3,900円
- 遺言書情報証明書の交付:1通1,400円前後(法務局手数料)
公正証書遺言は、財産額に応じて数万円〜十数万円かかるのが一般的なので、初期コストだけ見れば、自筆+保管制度の方がかなり安く済みます。
ただし――
内容チェックを司法書士・弁護士に頼む場合は、別途報酬が発生します。
とはいえ「せっかく3,900円払って保管したのに、内容が原因で無効・争続」という事態を避けるため、一定規模以上の相続であれば専門家チェック込みで考えた方が結局安くつくことが多いです。
3-3.家庭裁判所の検認が不要で、手続きが早い
従来の自筆証書遺言だと、
- 家庭裁判所に検認申立て
- 期日の指定・呼出し
- 検認期日で開封・手続き
…という流れを経ないと、銀行や法務局が動いてくれません。
保管制度を利用した遺言は、この検認が不要なので、
- 預貯金の解約・名義変更
- 不動産の相続登記
などを早く進めやすくなります。
3-4.死亡時に「遺言の存在が知られる」仕組みがある
遺言者の死亡後、
- 相続人等が遺言の閲覧や遺言書情報証明書の交付を受けたとき
- あらかじめ「死亡時通知」を希望していた場合に、死亡が確認されたとき
に、法務局から相続人等に「遺言が保管されています」という通知が届く制度があります。
これにより、
- 「実は遺言があったのに、誰も知らないまま遺産分割が進んでしまった」
- 「一部の相続人だけが遺言の存在を握っていた」
といった不公平感・疑心暗鬼をかなり減らすことができます。
4.自筆証書遺言書保管制度のデメリット・落とし穴
4-1.法務局は「内容」をチェックしてくれない
繰り返しになりますが、法務局が確認するのは方式面だけです。
例えば、こんな遺言でも形式さえ整っていれば保管されてしまいます。
- 法定相続人を一人書き漏らしている
- 遺留分を大きく侵害していて、争いがほぼ確実な内容
- 二次相続・税金のことを全く考えていない
- 曖昧な表現で「結局どう分けるのか分からない」内容
「法務局に預けてあるから間違いない」わけではない、ここを押さえておかないと危険です。
4-2.本人が法務局に行けないと利用できない
保管申請は、原則として遺言者本人が法務局窓口に出向いて行う必要があります。
代理申請や郵送では受け付けていません。
- 足腰が弱く、遠方の法務局まで行くのが難しい
- 入院中で外出ができない
といった場合、
- 公正証書遺言(公証人の出張)
- そもそも別の手当(家族信託・任意後見)
など、別ルートを考えた方が現実的なことも多いです。
4-3.方式ミスをすると「そもそも保管してもらえない/無効になる」リスク
- 全文自筆(財産目録はPC可だが、各ページ署名押印が必要)
- 日付の記載(「令和7年8月吉日」のような曖昧な表現はNGの可能性あり)
- 署名・押印
- 指定の用紙サイズ(原則A4)・余白・片面記載・ホチキス留め禁止 など
ルールが細かく、慣れていないと地味にミスしやすいところです。
しかも怖いのは、
- 法務局で保管を断られた
→ その場で修正してくれるわけではない(自分で書き直し) - なんとか保管してもらえた
→ でも、遺言の書きぶり自体が原因で「一部無効」になる
というパターンもあり得ることです。
4-4.相続開始後の手続きが「公正証書遺言ほどラクではない」
自筆証書遺言保管制度を使っても、相続発生後に、
- 遺言書保管事実証明書の交付請求
- 遺言書情報証明書の交付請求
- 必要に応じて遺言執行者の選任申立て(遺言で指定されていない場合)
などの手続きは、結局相続人が自分で行う必要があります。
公正証書遺言の場合は、
- 検認不要
- 正本/謄本を持ってそのまま銀行・法務局へ
という流れで進められるので、「相続人の手間をどれだけ減らしたいか」も制度選択のポイントになります。
4-5.住所・氏名が変わると「変更届」が必要
- 遺言者本人
- 受遺者・遺言執行者・死亡時通知人
などの住所・氏名が変わった場合、法務局に変更届を出しておかないと、
- 通知が届かない
- 誰のことを指しているのか分からない
といった問題が生じる可能性があります。
「出したら出しっぱなしでOKな制度」ではない、という点も知っておきたいところです。
5.自筆証書遺言書保管制度を使うか、公正証書にするか?目安の考え方
5-1.ざっくりした判断イメージ
あくまで目安ですが、実務感覚としてはこんな分け方をよく使います。
自筆証書遺言+保管制度が向きやすいケース
- 総財産 〜3,000万円程度
- 不動産は自宅1件程度
- 配偶者+子ども(兄弟仲も比較的良好)
- 「まずは遺言を書いておきたい」が主目的
公正証書遺言が向きやすいケース
- 総財産が大きい(数千万円〜)
- 賃貸マンション・事業用資産・株式などがある
- 再婚・前婚の子・内縁関係など、家族関係が複雑
- 遺留分や税金・二次相続も意識したい場合
ハイブリッド(公正証書+自筆補足)という選択肢も
- コアな部分(誰に何をどれくらい)は公正証書でガッチリ固める
- 想い・メッセージ・細かいお願い事などは自筆の付言事項として残す
という組み合わせ方もあります。
6.自筆証書遺言書保管制度の具体的な利用手順
大まかな流れだけ整理しておきます。
- 内容の検討・文案作成
- 誰に何をどのくらい遺したいか
- 遺留分・税金・今後の生活資金なども含めて整理
(可能ならこの段階で専門家に一度相談)
- 自筆で遺言書を作成
- 用紙・余白・自筆の範囲・署名押印など、方式を守って記載
- 保管申請書の作成・必要書類の準備
- 保管申請書
- 本人確認書類(運転免許証・マイナンバーカード等)
- 収入印紙3,900円分 など
- 予約のうえ、法務局窓口へ
- 遺言書保管官が方式チェック
- 問題なければそのまま保管
- 「遺言書保管証」を受け取る&保管場所を家族に伝える方法を決める
7.当事務所にご相談いただくときにできること
自筆証書遺言+保管制度は、とても優れた制度ですが、「どう書くか」「どの制度と組み合わせるか」で、結果がまったく変わります。
シアエスト司法書士・行政書士事務所では、例えば次のようなお手伝いが可能です。
- ご家族・財産状況を伺ったうえで、「自筆+保管制度で十分か/公正証書にすべきか」を一緒に検討
- 自筆証書遺言の文案作成・チェッ(遺留分・税務・二次相続・争いリスクも踏まえて調整)
- 法務局での保管手続を見据えた、方式面のミスの洗い出し
- 遺言だけでなく、家族信託・任意後見・生前贈与など、他の生前対策との組み合わせ提案
まとめ
- 自筆証書遺言書保管制度は「安く・安全に・自分で書いた遺言を保管してもらえる」とても便利な制度。
- ただし、法務局は内容まではチェックしてくれないため、書き方次第ではトラブルの火種を残すおそれも。
- 資産やご家族の状況によっては、公正証書遺言や家族信託等と組み合わせた方が安全なことも多い。
- 制度そのものよりも、「あなたの家ではどの組み合わせが一番安心か」を決めることがいちばん大事です。
「うちのケースだと、どこまで自筆+保管制度で済ませていいのか?」
と迷われている方は、一度お気軽にご相談ください。
ご家族の状況に合わせて、“将来のもめごとをできる限り減らす”ための遺言の形を、一緒に整理していきましょう。



