遺言書を書くのが怖い・気が進まない方へ|「書かない」という選択肢とプロが教える判断基準

遺言書は、無理に書こうとしなくても大丈夫。まずは「自分の場合どうなるか」を知るところから。

「遺言書を書いたほうがいいのは分かっている。でも、どうしても気が進まない……」

もし今、あなたがそんな気持ちを抱いているとしても、どうか自分を責めないでください。

司法書士として多くのご相談を受ける中で、実は一番よく耳にするのが「頭では分かっていても、心がついていかない」というお悩みです。

「遺言書を書く」ということは、自分の人生の「終わり」を認めることのようで、どこか怖い。 大切な家族に財産で順位をつけるようで、心苦しい。

そう感じるのは、あなたがそれだけ家族を大切に思い、真剣に向き合おうとしている証拠であり、人間としてとても自然な心の反応です。決して、「準備不足」や「優柔不断」なわけではありません。

この記事では、そんな「書けない」と悩む方へ、プロの視点から少し違った角度のお話をします。

それは、「今は無理に書かなくても大丈夫なケース」と、「気が進まなくても、書いておかないとリスクが高いケース」の具体的な判断基準についてです。

「書くか、書かないか」の決断を迫るものではありません。まずは「自分の場合はどうなのか」を知り、心の負担を少し軽くすることから始めてみませんか?

目次

第1章:なぜ、遺言書に向き合うのが「怖い」のか

遺言書のご相談に来られる方の中には、ご自身の気持ちを整理するのに何年もかかった、という方が少なくありません。 なぜ、遺言書を書くことにこれほど心理的なハードルを感じるのでしょうか。

多くの方が抱える「書けない」理由

これまでに伺ってきた「書けない理由」には、共通するいくつかの思いがあります。

  • 「人生の終わり」を認めるようで怖い
    遺言書を書くことは、どうしても「死」を意識させます。書き上げた瞬間に、自分の人生が一区切りついてしまい、急に老け込んでしまうような感覚になる――。そう仰る方はとても多いです。
  • 家族に順位をつけるのが心苦しい
    財産の分け方を決めることは、ある意味で「誰に何をあげるか」を選ぶ作業です。「長男には不動産を、次男には現金を」と考える中で、子どもたちに優劣をつけているような罪悪感を覚え、筆が止まってしまうのです。
  • 今の関係を壊したくない
    「これを書いたら、子どもたちが喧嘩をするのではないか」「期待させてしまうのではないか」という不安も、大きなブレーキになります。今の平穏な家族関係を、自分の手でかき乱したくないという思いです。

それは「優しさ」と「責任感」の証です

こうした迷いや恐怖心は、一見すると「後ろ向き」な感情に見えるかもしれません。しかし、私はそうは思いません。

これらはすべて、「最後まで自分らしく生きたい」「家族を傷つけたくない」という、深い愛情と責任感の裏返しだからです。 どうでもいいと思っている人は、悩みすらしません。真剣だからこそ、簡単に書けないのです。 ですから、「まだ書けない自分」を責める必要は全くありません。

「今は書かない」と決めることも、立派な選択

遺言書は、必ず書かなければならない義務ではありません。 もし今、心がどうしても追いつかないのであれば、「今は書かない」と決めることも、一つの立派な選択です。

無理をして書いた遺言書は、後で書き直したくなったり、心のしこりとして残ったりすることもあります。 大切なのは、「なんとなく不安だから先延ばしにする」のではなく、「自分の状況を理解した上で、あえて今は書かないと決める(あるいは、今は書かなくていいと知る)」ことです。

では、どのようなケースであれば「今は書かなくても大丈夫」なのでしょうか。次の章で、具体的な判断基準をお話しします。

第2章:司法書士が教える「今は無理に書かなくてもよい」3つのケース

法的には、遺言書がない場合、民法で定められたルール(法定相続分)に従って、相続人全員で話し合って財産を分けることになります(これを「遺産分割協議」といいます)。

つまり、この話し合いがスムーズにまとまる状況であれば、無理に遺言書を書く必要はありません。 具体的には、次のようなケースです。

1. 家族仲が非常に良く、揉める心配が全くない

「うちの家族に限って揉めることはない」と確信できる場合です。 普段からコミュニケーションが取れていて、お互いの生活状況も理解し合っている。誰かが財産を独り占めしようとしたり、無理な主張をしたりすることが考えにくい関係性であれば、残された家族同士で穏やかに話し合いができるでしょう。

2. 財産がシンプルで分けやすい

財産の内容が複雑でない場合も、揉める種が少なくなります。 例えば、「自宅の土地建物」と「ある程度の預貯金」があり、配偶者が自宅を継ぎ、子供たちが現金を分けるといった形で、法定相続分に近い分け方が自然にできるケースです。 誰が見ても公平感のある分け方が想像できるなら、遺言書がなくても大きなトラブルにはなりにくいと言えます。

3. 相続人が一人しかいない

そもそも話し合う相手がいないケースです。 例えば、配偶者はすでに他界しており、子供が一人だけという場合。この場合、その一人の子供が全ての財産をそのまま引き継ぐことになるため、遺産分割協議をする必要がありません。 「誰かと争う」という状況自体が発生しないため、遺言書がなくても手続きはスムーズに進みます。

いかがでしょうか。もしご自身の状況がこれらに当てはまるのであれば、「今はまだ書かなくても大丈夫」と、肩の荷を下ろしていただいて構いません。

しかし一方で、「気が進まなくても、これだけは書いておかないとリスクが高い」というケースも存在します。 次の章では、司法書士として「ここだけは注意してほしい」というポイントをお伝えします。

第3章:気が進まなくても「書かないリスク」が高いケース(判断基準)

「書くのが怖い」「気が進まない」というお気持ちは痛いほど分かります。しかし、もし以下の4つのケースのいずれかに当てはまる場合は、少しだけ勇気を出して検討していただきたいのです。

なぜなら、遺言書がないと、残されたご家族の手続きが極端に難しくなったり、ご自身の想いが全く届かなくなったりする可能性が高いからです。

1. 子どもがいないご夫婦

お子さんがいらっしゃらない場合、残された配偶者は、「亡くなった方の兄弟姉妹(すでに亡くなっていればその子供である甥・姪)」と遺産分割の話し合いをしなければなりません。 長年連れ添った配偶者に全財産を残したいと思っていても、遺言書がなければ、疎遠な親族と財産分けの交渉をする必要が出てきます。大切なパートナーを守るために、遺言書が不可欠なケースです。

2. 再婚しており、前妻(前夫)との間に子どもがいる

現在の家族とは別に、前の配偶者との間にお子さんがいる場合、そのお子さんも相続人になります。 遺産分割協議は「相続人全員」で行う必要があるため、現在の家族が、会ったこともない前妻(前夫)の子と連絡を取り、遺産分けの話し合いをしなければなりません。これは心理的にも実務的にも非常に大きな負担となります。

3. 相続人以外に財産を渡したい

例えば、「長男の妻(嫁)」が献身的に介護をしてくれたので報いたい、あるいは「内縁の妻(夫)」に生活費を残したい、といった場合です。 残念ながら、法律上は相続人以外には一切の相続権がありません。どんなに感謝していても、口約束だけでは1円も渡すことができないのです。大切な人に財産を託すためには、遺言書で「遺贈する」と書き残す以外に方法がありません。

4. 特定の相続人と音信不通である

相続人のうち誰か一人でも行方不明だったり、音信不通だったりすると、遺産分割協議が成立しません。 銀行預金の解約も、不動産の名義変更も、原則として「全員の実印と印鑑証明書」が必要です。一人でも欠ければ手続きは完全にストップしてしまいます。 遺言書があれば、その音信不通の方のハンコがなくても、スムーズに手続きを進めることができます。

もしこれらのケースに当てはまるなら、遺言書は「自分の死への準備」ではなく、「大切な家族をトラブルから守るための防波堤」になります。 それでもやはり「書くのはハードルが高い」と感じる方へ。実は、遺言書だけが解決策ではありません。 次の章では、「書かないまま」でもできる対策についてお話しします。

第4章:遺言書だけじゃない。「書かない」ままできる対策

「遺言書はどうしても気が進まない」 そう思う自分を、どうか責めないでください。先ほどもお伝えしたように、それは自然な感情です。

大切なのは「遺言書を書くこと」そのものではなく、「ご家族が困らないようにすること」そして「ご自身の安心」のはずです。 実は、遺言書という形をとらなくても、その目的を叶える方法はいくつかあります。

ここでは、遺言書よりも心理的なハードルが低く、始めやすい4つの対策をご紹介します。

1. 生前贈与(元気なうちに手渡す)

「死んだあとに渡す」と考えるから、寂しくなってしまうのかもしれません。 それなら、元気なうちに「ありがとう」の言葉と一緒に財産を渡してしまうのも一つの方法です。

例えば、お子さんの住宅資金を援助したり、お孫さんの教育費を出したり。 生前贈与であれば、受け取った家族の喜ぶ顔を直接見ることができます。税金のルールには注意が必要ですが、年間110万円までなら贈与税がかからない暦年贈与など、少しずつ財産を移す方法はたくさんあります。

2. 家族信託(これからの生活を託す)

遺言書が「亡くなった後のこと」を決めるものだとしたら、家族信託は「これからの生活」を家族に託す契約です。

「自分が認知症になったら、預金管理や家のことを頼むね」 「その代わり、余った財産はあなたにあげるね」

このように、元気なうちから財産管理を任せる仕組みです。遺言書のような「一方的な宣言」ではなく、家族との「話し合いによる契約」なので、「一緒にこれからのことを考える」という前向きな気持ちで取り組めるのが特徴です。

3. 死後事務委任契約(片付けだけ頼んでおく)

財産の分け方は法律通りでいいけれど、「葬儀や納骨、役所の手続き、家の片付け」などで迷惑をかけたくない。そんな方に向いているのがこの契約です。

財産のことには触れず、事務手続きだけを専門家や信頼できる人に任せておくことができます。「誰にも迷惑をかけたくない」という責任感の強い方に選ばれている方法です。

4. エンディングノート(想いを伝える手紙)

これが一番、気軽に始められる方法かもしれません。 法的効力はありませんが、形式も自由です。「延命治療はどうしてほしいか」「葬儀には誰を呼んでほしいか」「家族への感謝の言葉」などを、ノートに書き留めておくだけです。

遺言書のような厳格なルールはないので、書き直しも自由です。まずはここから、気持ちの整理を始めてみるのもおすすめです。

「書かない」という選択肢があっても、これだけの対策ができます。 「遺言書でなきゃダメだ」と思い詰めず、今のあなたの気持ちに一番合う方法を選んでみてください。

まとめ:まずは「気持ちの整理」から始めませんか

ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

遺言書は、法的な文書である以前に、ご家族への「ラブレター」であり、これからの人生を穏やかに過ごすための「安心の贈り物」だと私は考えています。

それは本来、恐怖心や罪悪感を抱えながら無理をして書くものではありません。 気持ちが整ったときに、ご自身のタイミングでペンをとれば十分です。

もし今、心のどこかに引っかかるものがあるのなら、「書く・書かない」の決断を急ぐ必要はありません。まずは「何が心配なのか」「どうして気が進まないのか」を、誰かに話してみることから始めてみませんか? 不思議なもので、言葉にするだけで心の霧が晴れ、ご自身にとって本当に必要な答えが見えてくることがあります。

あなたのペースを大切にします

シアエスト司法書士・行政書士事務所(兵庫県西宮市)では、いきなり遺言書の作成を勧めることはいたしません。

まずは「自分の場合は、書くべき状況なのかどうか」という診断だけでも、お気軽にご相談ください。 「今はまだ書かない」という選択も含めて、あなたの気持ちに寄り添いながら、一番安心できる方法を一緒に考えさせていただきます。

どうぞ無理のない範囲で、お声がけください。

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代表司法書士・行政書士 今井 康介

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