■ はじめに
「勉強ができる人は、もともと賢く生まれたのではないか」
そんな話題がSNSで注目を集めました。投稿の内容は、東大卒の人々が「親の教育より、生まれつきの資質が大きい」と感じているというものです。これを読んで共感する人もいれば、反発を覚える人も多いでしょう。
確かに、運動能力や学力には、明らかな個人差があります。しかし、最新の科学研究によれば、それは単に「遺伝」か「努力」のどちらかで説明できる単純な話ではありません。
この記事では、国内外の研究をもとに、「才能」と「努力」の関係を冷静に見つめ直します。
■ 遺伝の力:確かに存在する「生まれつきの差」
まず、知能や学力には遺伝の影響が確かにあります。日本の双生児研究では、知能(IQ)の個人差の約半分は遺伝的要因で説明できるという結果もあります。
ただし、これは「努力が無意味」ということではありません。知能の発現は、年齢とともに環境の影響を受けやすくなることも報告されています。つまり、同じ遺伝的素質を持っていても、育つ環境によって結果が変わるのです。
また、文部科学省の全国学力・学習状況調査でも、家庭の生活習慣・読書習慣・学習時間が学力と有意に関連していることが示されています。
要するに、「遺伝で決まる部分がある」と同時に、「環境で動く余地も大きい」。これが科学的に最も妥当な理解です。
■ 運動能力にも“生まれつき”はあるが、変化の余地も
運動能力にも先天的な差はあります。速く走るには速筋線維、持久力には遅筋線維が関係し、その割合は遺伝的要因に影響を受けます。
しかし、筋肉の性質は「固定されたもの」ではありません。持久性運動を続けることで、筋線維タイプや遺伝子発現が変化することも確認されています。
つまり、トップアスリート並みの才能は真似できなくても、多くの人は努力で自分の能力を伸ばせる範囲が確かに存在するということです。
■ 「努力で覆せない」という誤解
塾講師の現場感覚として「学力の伸びには限界がある」という意見もよく聞かれます。
確かに、全員を最上位クラスに引き上げることは現実的ではありません。しかし、研究データを見ると、「平均より一段上に行く」「得意分野を見つける」といった成長は十分に可能です。
ここで重要なのは、遺伝と環境は互いに影響し合うという点です。知的好奇心が高い子どもは自ら本を読み、親もその姿を見て本を与える——このような「遺伝×環境の相関」が積み重なり、結果的に大きな差を生むのです。
つまり、「才能があるから努力しない」のではなく、「努力を楽しめる性質そのもの」が才能の一部なのです。
■ 自己肯定感は“努力で育てられる”領域
なお、「自己肯定感」は遺伝の影響が比較的少ない心理的特性です。教育心理学の研究(高橋あつ子『自己肯定感促進の実験授業の効果』日本教育心理学会)でも、自己肯定感は親の関わり方や教育的支援によって伸びることが確認されています。
ただし、「自己肯定感が高ければ学力も上がる」という単純な関係ではありません。
学力向上には、生活習慣・学習習慣・読書などの具体的行動とセットで取り組むことが必要です。
■ 才能をどう受け入れるか
最新研究が示しているのは、「努力しても無理」でも「遺伝で全て決まる」でもないという現実です。
才能の一部は確かに生まれ持ったものですが、環境の中で磨かれる部分も少なくありません。
教育とは、子どもを理想の型にはめることではなく、その子が持つ特性を見極め、合う環境を用意すること。そして、結果にかかわらず「あなたはあなたでいい」と伝えることが、最も長期的な成功を支えます。
トンビがタカを育てる必要はない。与えられたカードの中で最善を尽くす。
それこそが、科学と人間の経験が共に導く、教育の本質なのかもしれません。
■ 参考文献
- 安藤寿康『双生児による縦断研究が明らかにする遺伝のダイナミズム』(2022)
- 詫摩武俊『双生児法による知能の遺伝性に関する研究』(日本教育心理学会)
- 文部科学省『全国学力・学習状況調査:学力と生活習慣の関係』(2022)
- 田中雅嗣『運動能力を引き出す遺伝と多様性の科学』(日本体力医学会)
- 武政徹ほか『持久性運動で変化する骨格筋遺伝子発現』(日本体力医学会)
- 高橋あつ子『自己肯定感促進の実験授業の効果』(日本教育心理学会)

