個人事業主と会社設立、どっちが正解?違いとメリット・デメリットを司法書士が徹底解説

【図解】個人事業主と会社設立のメリット・違いを比較

新しく事業を始めようとするとき、多くの方が最初に悩むのが「個人事業主として始めるか、それとも最初から会社を設立(法人化)するか」という選択です。

当事務所に相談に来られるお客様からも、「どちらが自分に合っているのか分からない」「いきなり会社を作るのはハードルが高い気がする」といった不安の声をよく伺います。

結論から申し上げますと、特別な事情がない限り、「まずは個人事業主として小さく始め(スモールスタート)、事業が軌道に乗ってから会社を設立する」のが、最もリスクの少ない「王道」の方法です。

会社設立には、設立費用やランニングコストがかかります。まずは手続きが簡単な個人事業主として事業の基盤を作り、売上が安定してきた段階で法人化(法人成り)を検討するのが、多くの起業家にとって無理のないステップだからです。

この記事では、判断に迷わないよう、両者の違いやメリット・デメリットを整理して解説します。

目次

1.個人事業主と会社設立(法人)の決定的な違い

同じ事業を行っていたとしても、個人事業主と会社(法人)では、法律上の扱いが全く異なります。

「自分=事業」か「別人格(法人)を作る」か

最も基本的な違いは、事業主と事業が「一体」か「別物」かという点です。

  • 個人事業主の場合(自分=事業) 「個人」がそのまま事業を行います。そのため、事業で得た売上は、自分の財布に入ってくるお金と同じ感覚です。事業用のお金と生活費の境界線が曖昧になりやすいのが特徴です。
  • 会社設立の場合(別人格を作る) 法律によって「法人」という「もう一人の別人(人格)」を作り出し、その法人が事業を行います。 あなたは社長になりますが、あくまで「会社」という別人格から給料(役員報酬)をもらう立場になります。たとえ社長であっても、会社のお金(財布)を個人的な支払いに自由に使うことはできません。

責任の範囲(無限責任 vs 有限責任)

万が一、事業がうまくいかず、借金を抱えて倒産してしまった場合のリスクも大きく異なります。

  • 個人事業主:無限責任(むげんせきにん) 事業の借金は、すべて個人の借金となります。事業のお金で返せなくなった場合、個人の預貯金や自宅などの財産を投げ打ってでも、全額返済しなければなりません。
  • 会社設立:有限責任(ゆうげんせきにん) 出資した金額(資本金)の範囲内でのみ責任を負います。会社が倒産しても、原則として社長個人の財産まで没収されることはありません。 (※ただし、金融機関から融資を受ける際に、社長個人が「連帯保証人」になっている場合は、個人で返済する義務が発生します。)

2.徹底比較!個人事業主と会社設立の5つの違い(メリット・デメリット)

個人事業主と会社(法人)には、費用や税金、責任の重さなど、大きく5つの違いがあります。 それぞれの違いについて、どちらにメリット(有利)があるのかを比較・解説します。

【全体比較表】メリット・デメリットの判定

比較項目個人事業主会社設立(法人)判定(有利なのは?)
① 開業費用・手続き費用 0円
届出だけで簡単
約20万円~
登記などの手続きが複雑
個人事業主 が手軽
(コスト・手間の面で有利)
② 税金の仕組み超過累進課税
稼ぐほど税率が上がる
法人税(ほぼ一定)
税率が比較的低いまま一定
利益による
(利益800万超なら法人が有利)
③ 経費の範囲狭い
自分の給料は経費NG
広い
自分の給料も経費OK
会社設立 が有利
(節税の幅が広い)
④ 社会的信用低め
大手と取引しにくい場合も
高い
融資や契約で有利
会社設立 が有利
(ビジネス拡大に強い)
⑤ 社会保険
(健康保険・年金)
国民健康保険・年金
(負担は軽いが保障は薄い)
健康保険・厚生年金
強制加入で負担増だが保障は厚い)
目的による
(安さなら個人、保障なら法人)

各ポイントの詳細解説

① 開業手続きと費用

  • 【個人事業主のメリット】税務署に「開業届」を出すだけで、費用をかけずに即日スタートできます。リスクを最小限に抑えたい場合に最適です。
  • 【会社のデメリット】設立には定款作成や登記が必要で、株式会社なら約20万円以上の法定費用がかかります。また、赤字でも毎年約7万円の税金(法人住民税)が発生するため、維持コストもかかります。

② 税金と節税効果

  • 【個人事業主のデメリット】「稼げば稼ぐほど税金が高くなる」仕組み(累進課税)です。所得が低い内は税金が安いですが、大きく稼ぐようになると税負担が重くなります。
  • 【会社のメリット】利益が増えても税率があまり上がらないため、売上が伸びてきた段階(目安として所得800万円以上)では、法人化したほうが手元にお金を残せます。

③ 経費の範囲

  • 【会社のメリット】会社(法人)の方が圧倒的に有利です。社長である自分への給料(役員報酬)を経費にできるほか、生命保険料や退職金、社宅なども経費として認められやすく、節税の選択肢が豊富です。
  • 【個人事業主の注意点】事業で得た利益はすべて個人の所得とみなされるため、「自分への給料」を経費にするという概念がありません。

④ 社会的信用度

  • 【会社のメリット】法務局に登記されているため実体が明確で、社会的な信用力が高いです。大手企業との取引や銀行融資、人材採用において有利に働きます。
  • 【個人事業主のデメリット】屋号だけでは実態が見えにくく、企業によっては「法人でないと契約しない」という規定がある場合もあり、機会損失につながることがあります。

⑤ 社会保険(加入義務)

  • 【個人事業主の特徴】従業員5人未満であれば社会保険への加入は任意(国民健康保険・国民年金)であることが多く、保険料の負担を抑えられます。
  • 【会社の特徴】社長1人でも社会保険(健康保険・厚生年金)への加入が義務です。会社と個人で保険料を折半するため金銭的負担は増えますが、その分、将来の年金受取額が増えるなど保障は手厚くなります。

3.迷ったらココを見る!法人化を検討すべき3つのタイミング

「いつ会社にするべきか?」と悩んだときは、以下の3つの数字や状況を目安に判断してください。これらは、法人化することで明確なメリットが生まれやすいタイミングです。

【一覧表】法人化を検討する3つの基準

内容タイミング(きっかけ)理由メリット
① 税金利益(所得)が
800万円を超えたとき
個人の税率より、会社の税率の方が低くなるため。【節税】
手元に残るお金が増える。
② 消費税売上が1,000万円を超えて
2年が経つとき
個人だと消費税の支払い義務が発生するため。
(法人になればリセットできる可能性がある)
【免税(条件付)】
最大2年間、消費税の支払いが免除される場合がある。
③ 信用資金調達や
採用を強化したいとき
銀行や求職者は「法人であること」を重視するため。【信用力】
融資が通りやすくなる。
良い人材が集まりやすくなる。

各タイミングの詳しい解説

① 所得が800万円を超えたとき(節税メリット)

これが最も一般的な目安です。個人事業主の税金(所得税)は、稼げば稼ぐほど税率が高くなります。一方で、会社の税金(法人税)は、所得800万円を超えても税率が急激には上がりません。

一般的に、「個人の利益が800万円」を超えたあたりで、法人税のほうが安くなり、節税メリットが生まれます(※経費の状況によっては、500~600万円程度からメリットが出る場合もあります)。

② 売上が1,000万円を超えて2年経つとき(消費税免税)

少し複雑ですが、大きな節税チャンスになる可能性があります。個人事業主は、売上が1,000万円を超えると、その2年後から「消費税」を国に納める義務が発生します。

しかし、そこであえて個人事業をやめて「会社設立」をすると、会社は「新しい事業者」とみなされ、納税義務判定がリセットされるため、最大でさらに2年間、消費税の支払いが免除(ゼロ)になる特例があります。

  • 【重要:インボイス制度の注意点】後述する通り、インボイス発行事業者として登録する場合は、この「免税メリット」は受けられなくなります。このタイミングで法人化して得をするのは、主に「インボイスを必要としない(BtoC)」事業者の方です。

③ 資金調達や採用を強化したいとき(信用力)

税金に関係なく、事業を「攻め」のフェーズに移すタイミングです。

  • 融資:店舗を出すために銀行から数千万円借りたい。
  • 採用:正社員を雇いたいが、社会保険完備の会社でないと求人が来ない。
  • 取引:大手企業と契約したいが「法人でないと口座が開けない」と言われた。

このような「壁」に当たったときは、売上額に関わらず、すぐに法人化を検討すべきタイミングと言えます。

4.【要注意】2023年以降の会社設立は「2年間免税」とは限らない!?インボイス制度の影響

これまで、会社設立の大きなメリットの一つとして「設立後、最大2年間は消費税を払わなくていい(免税)」というルールがありました。 しかし、2023年10月に始まった「インボイス制度」によって、この前提が大きく崩れています。

これから会社を作る方が必ず知っておくべき、「免税ルール」と「インボイス」の複雑な関係を詳しく解説します。

① 本来の「消費税免税」の仕組み

通常、消費税を納める義務があるかどうかは、「2年前の売上(基準期間の課税売上高)」が1,000万円を超えているかで判断します。 新しくできた会社には「2年前」が存在しません。そのため、資本金が1,000万円未満であれば、特例として設立1期目と2期目は消費税の納税が免除(ゼロ)されてきました。

これが、「法人化すればとりあえず2年間は消費税がお得」と言われてきた理由です。

② インボイス登録すると「免税」は消滅する

しかし、インボイス制度がこのルールを変えてしまいました。 インボイス(適格請求書)を発行できる事業者になるためには、国に登録申請をする必要がありますが、この登録の条件が「課税事業者(消費税を払う事業者)になること」だからです。

つまり、「インボイスの発行」と「消費税の免税」は両立できません。 設立1年目であっても、インボイス発行事業者として登録した瞬間から、消費税の納税義務が発生します。

③ 「登録する(課税)」か「しない(免税)」かの判断基準

では、どちらを選べばいいのでしょうか? それは「取引先が誰か」によって判断します。

A. 取引先が「企業」中心の場合(BtoB)

  • 【推奨:インボイス登録する(課税事業者になる)】 取引先である企業は、経費処理のためにインボイスを求めてきます。 もしあなたがインボイスを発行できない(免税事業者のままでいる)と、取引先はあなたの分の消費税を肩代わりして払わなければなりません。 その結果、「取引停止」や「消費税分の値下げ要求」を受けるリスクが高くなります。ビジネスを円滑に進めるためには、免税メリットを捨ててでも登録が必要なケースが大半です。

B. 取引先が「一般消費者」中心の場合(BtoC)

  • 【検討:登録しない(免税事業者のまま)】 美容室、ネイルサロン、学習塾、飲食店など、お客様が一般の方であれば、インボイス(領収書)を求められることは稀です。 この場合、あえてインボイス登録をせず、設立2年間の「消費税免税メリット」をフル活用するという選択肢が有効です。

④ 負担を大幅に減らす「2割特例」

「取引先のために登録しなきゃいけないけど、いきなり消費税を払うのはキツイ…」 そんな創業者のために、国は「2割特例」という激変緩和措置を用意しています。

これは、インボイス登録によって免税から課税になった事業者に対し、「売上でもらった消費税の2割だけを納めればいい」とする制度です。 本来の計算よりも納税額を大幅に抑えられるため、設立直後の資金繰りを守る大きな助けになります(※期間限定の措置です)。

結論:税理士への相談が必須です

「とりあえず会社を作れば節税になる」という時代は終わりました。 ご自身の事業が、

  • 「免税メリット(消費税0円)」を取るべきか
  • 「社会的信用(インボイス発行)」を取って、2割特例を使うべきか

この判断を間違えると、数十万〜数百万円の損につながります。会社設立の登記をする前に、必ず税理士によるシミュレーションを受けることを強くおすすめします。

5.会社設立時のワンポイントアドバイス

会社を設立したら、事業用のお金を管理する「法人口座」が必ず必要になります。しかし、実績のない創業直後の会社が、大手の銀行で口座を作るのは意外とハードルが高いものです。

そこでおすすめなのが、「まずはネット銀行で口座を作る」という方法です。その理由を、従来の「店舗型銀行」と比較しながら解説します。

【比較表】店舗型銀行 vs ネット銀行

比較項目店舗型銀行(メガバンク・地銀など)ネット銀行(GMOあおぞら・住信SBIなど)
審査・開設スピード【遅い】
審査に2週間~1ヶ月かかることも。
審査基準も厳しめ。
【早い】
最短即日~数日で開設可能。
創業期の会社にも柔軟に対応。
手数料(振込など)【高め】
他行宛の振込手数料が
1件あたり数百円~かかる。
【安い】
店舗型に比べて格安。
(数十円~百円台など)
手続きの手間【手間がかかる】
窓口への来店が必要な場合が多い。
営業時間が限られる(平日15時まで)。
【非常に楽】
来店不要。スマホ・PCで完結。
24時間365日利用可能。
融資・相談【得意】
担当者と対面で相談でき、
将来的な大口融資に強い。
【限定的】
対面の担当者は付かない。
小口融資やカードローンが中心。

法人口座は「ネット銀行」がおすすめな理由

1. 審査・開設が圧倒的に早い

創業直後は、資本金の移動や経費の支払いで、すぐに口座が必要になります。
店舗型銀行だと申し込みから開設まで数週間かかることもザラですが、ネット銀行なら「最短即日」や数日で口座番号が発行されるため、ビジネスを止めることなくスムーズにスタートできます。

2. ランニングコスト(手数料)が安い

毎月の振込手数料は、積み重なると大きな出費になります。
ネット銀行は振込手数料が圧倒的に安く設定されており、中には「月〇回まで無料」という特典がある銀行もあります。まだ利益が少ない創業期には、このコスト削減効果は無視できません。

3. 「使い分け」が賢い戦略

「ネット銀行だけだと信用が不安」という方もいるかもしれません。おすすめの戦略は、「まずはネット銀行でスピーディーに事業を開始し、実績を作ってから(半年~1年後)、必要に応じて店舗型の銀行口座を開設する」という二段構えです。

最初からハードルの高い店舗型にこだわって時間を無駄にするよりも、まずはネット銀行で確実に事業を動かし始めることが成功への近道です。

6.まとめ:自分の事業フェーズに合わせて最適な形を選ぼう

これまでの解説の通り、個人事業主と会社(法人)には、それぞれ明確な役割とメリットがあります。

  • 小さく、手軽に始めたいなら「個人事業主」
    「まずはアイデアを試したい」「コストをかけずに始めたい」という段階であれば、無理に会社を作る必要はありません。まずは個人事業主として売上を作ることに集中するのが得策です。
  • 信用を得て、大きく育てたいなら「会社設立」
    「最初から大手の取引先が見込める」「銀行から資金を借りて店舗を出したい」「利益が800万円を超えてきた」という段階であれば、迷わず会社設立をおすすめします。信用力と節税メリットが、あなたの事業を後押ししてくれます。

焦る必要はありません

多くの成功している経営者も、最初は個人事業主からスタートし、事業の成長に合わせて会社にする(法人成り)というステップを踏んでいます。

「自分の場合は、どちらが得なんだろう?」 「数字の計算が難しい」

もし迷われたときは、ご自身だけで判断せず、専門家である税理士や司法書士にご相談ください。あなたの現在の売上予測や将来のビジョンを聞いたうえで、最も損のない、最適なタイミングをアドバイスします。

あなたの新しい事業が、最適な形でスタートできることを応援しております。

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代表司法書士・行政書士 今井 康介

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