はじめに
「夫が亡くなったあとに子どもを妊娠していることが分かりました。」
──そんなケースでは、生まれてくる子どもにも相続権があるのか?という問題が生じます。
最近では、凍結保存した受精卵を使った「死後懐胎(しごかいたい)」、
つまり亡くなった人の子どもがあとから生まれるケースも増えています。
今回は、この「死後懐胎」と相続の関係を、司法書士の立場からわかりやすく解説します。
1. 死後懐胎(しごかいたい)とは?
「死後懐胎」とは、被相続人(亡くなった方)の死亡後に胎児が生まれることをいいます。
古くから民法に規定があり、
「胎児は、相続に関しては、すでに生まれたものとみなす」(民法886条)
と定められています。
つまり、亡くなったときにお腹の中にいた子どもには、相続権があるのです。
ただし、条件があります。
2. 相続人となるための条件
胎児が相続人になるには、次の2つの条件を満たす必要があります。
1️⃣ 被相続人の死亡時にすでに母体内に存在していたこと(受胎していること)
2️⃣ その後、実際に生まれて生存したこと
つまり、「死亡後に受精した子」は相続人になれないのが、現行法の原則です。
亡くなった後に人工授精などで受精した場合(死後生殖医療)には、
残念ながら「相続人」として認められません。
3. 生殖補助医療と「死後の子」問題
最近は、凍結保存した精子や受精卵を使い、
亡くなった後に出産するケース(死後生殖医療)が実際に起きています。
しかし、日本の民法はこのような新しい技術にまだ対応していません。
⚖️ 参考判例
【東京高裁平成19年3月23日判決】
夫の死後に、凍結精子を用いて出産した子について、
「民法上の嫡出子とは認められない」と判断。
つまり現行法では、
死後に人工的に授精・出産した子どもは「相続人ではない」とされています。
4. 戸籍と相続登記の扱い
司法書士実務の観点からも、この違いは非常に重要です。
- 胎児(すでに受胎していた子ども)
→ 相続登記の際には「胎児あり」と登記申請書に記載し、出生後に名義変更可能。 - 死後受胎の子ども(亡くなった後に受精)
→ 法的な相続人ではないため、登記上も「相続権なし」。
したがって、胎児の有無を確認せずに相続登記を行うと、後で更正登記が必要になるケースもあります。
相続登記を申請する前に、「亡くなった時点で胎児がいたかどうか」を必ず確認することが重要です。
5. 法律が想定していないケース──「死後生殖医療」と親子関係
ここ数年、国内でも「夫が亡くなった後に体外受精で子どもを授かった」という事例が増えています。
しかし、現在の法律はこのようなケースを想定していません。
【最高裁令和5年7月11日判決】
性別変更した男性と妻が第三者の精子で出産した子について、
「法律上の親子関係を認めない」と判断。
この判決は性別変更をめぐる事例でしたが、
「生殖補助医療と親子関係」という共通テーマにおいて、
立法が追いついていない現状を象徴しています。
床谷文雄先生(大阪大学名誉教授)も講演で次のように述べています。
「死後生殖やAI技術を使った出産など、
“出生の法的地位”をどう保護するかが、今後の家族法の最大の課題になる。」
6. トラブルを防ぐための備え方
死後懐胎が起こる可能性を考慮する場合、
司法書士としては次のような法的備えをおすすめします。
① 遺言で「胎児への配慮」を明記
「妻が懐妊している場合、その子に全財産を相続させる」など、
遺言で明確に意思を残すことができます。
② 家族信託の活用
出生の有無によって財産の帰属先が変わる可能性がある場合、
信託を活用すれば柔軟な財産管理が可能です。
例:
「妻が出産した場合、その子を受益者とする」
③ 相続登記の時期に注意
胎児が生まれる前に相続登記を完了すると、後に再登記が必要になります。
司法書士のサポートのもと、慎重に進めましょう。
7. 今後の法改正の動き
法務省の「民法(親子法制)見直し研究会」では、
死後懐胎・死後生殖医療の法的扱いを検討課題として議論が進んでいます。
将来的には、「死後の子」にも一定の法的保護を与える方向での議論が期待されています。
ただし、現時点(2025年)では、まだ法改正は実現していません。
8. まとめ ― 命の誕生と相続のルール
亡くなったあとに子どもが生まれる。
それは、とても尊いことですが、法律的には慎重な扱いが必要です。
- 胎児(受胎済みの子)は相続人になれる(民法886条)
- 亡くなった後に受精した子は相続人になれない
- 戸籍・登記・遺言などに正確な記載が求められる
命の誕生は法律の想定を超えることがあります。
それを丁寧に形にすることが、司法書士の大切な役割です。

