
こんにちは。 シアエスト司法書士・行政書士事務所の今井康介です。
相続のご相談をお受けしていると、よくこのような切実な声をお聞きします。
「親の借金が多いので、相続放棄をしたい」
「放棄さえすれば、田舎の古い家も荷物も、もう私には関係ないですよね?」
確かに、相続放棄をすれば法的には「はじめから相続人ではなかった」ことになり、借金などの負債も、不動産などのプラス財産も引き継ぐことはありません。
しかし、一つだけ大きな不安要素がありました。 それは、「放棄した後の荷物や家をどうするか(管理責任)」という問題です。これまでは法律の規定があいまいで、放棄した後も責任を問われるのではないかと、トラブルの種になりがちでした。
そこで、2023年(令和5年)4月1日の民法改正により、このルールがついに明確化されました。
結論から申し上げますと、「以前よりルールがはっきりして、特に遠方に住む方などは安心できるようになった」 といえます。
今回は、相続放棄後の「保存義務(旧:管理義務)」について、具体的に何が変わったのか、そして何をすれば安心なのかを、専門用語を使わずにやさしく解説します。
2023年改正で何が変わった?「保存義務」のポイント
これまでの民法(改正前)では、「相続放棄をした人は、次の人が管理を始めるまでその財産を管理しなければならない」という、少し厳しい規定がありました。
そのため、「遠方に住んでいて、何年も帰っていない実家」であっても、放棄した後に責任を問われる不安があり、これが長らくトラブルの種となっていました。
しかし、2023年4月の改正で、この規定は大きく変わりました。
【改正後の条文(民法第940条第1項)】
相続の放棄をした者は、その放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人又は相続財産の清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければならない。
少し難しい言葉が並んでいますが、専門家として要点をまとめると、今回の改正で以下の2点が明確になり、遠縁の方の負担が大きく軽減されました。
1. 義務を負うのは「現に占有している人」だけになった
これが最大の変更点です。
「現に占有している」とは、実際にその財産を使っている、鍵を持っている、手元に保管しているなど、事実上の支配下にある状態を指します。
- 改正前の不安: 占有していなくても、義務を問われる可能性があった。
- 改正後の明確化: 占有していない人には保存義務が発生しないことが明確になりました。
つまり、「遠方に住んでいて鍵も持っておらず、事実上放置していた」ような場合は、相続放棄をすれば、その後の管理義務(保存義務)は発生しないことが明確になりました。これは、ほとんど関わっていない方にとっては大きな安心につながります。
2. 「管理」から「保存」へ義務の範囲が限定された
言葉が「管理」から「保存」に変わったことも重要です。
「管理」には、財産を維持・運用するといった積極的な意味合いが含まれがちでした。 一方の「保存」は、「壊れたりなくなったりしないよう、現状を維持する(滅失・損傷を防ぐ)」という消極的な意味合いが中心です。
積極的にリフォームしたり、賃貸に出したりといった「財産の活用」までは求められず、あくまで現状を保つ程度の対応で良いという意味合いです。
私は対象?「現に占有している」の判断基準
「現に占有している」(民法第940条)とは、簡単に言えば「あなたの手元にある」「あなたが事実上支配・管理している」状態のことです。
今回の改正で、「自分の支配下にあるかどうか」が保存義務発生の明確な分かれ目となりました。
具体的なケースは以下の通りです。
| 状況 | 占有(保存義務)の有無 | 専門家からの補足 |
| 被相続人と同居していた | あり | 次の管理者への明け渡しまでは、住居の現状維持(保存)が必要です。 |
| 実家の鍵を預かっている | あり | 物理的に管理できる状態にあるため、占有が認められます。 |
| 通帳や実印を預かっている | あり | その物自体(動産)について、紛失しないよう保存義務があります。 |
| 別居で、鍵も持っていない | なし | 物理的な支配下にないため、原則として義務は発生しません。 |
| 遠方で、何年も関与していない | なし | 以前の法律と異なり、義務を負う可能性は基本的にありません。 |
この判断基準が明確になったことで、遠方に住んでいるなど、生前に故人の財産と関わりが薄かった相続人の方は、相続放棄後の管理責任について大きく安心できるようになったといえます。
放棄した“その後”はどうすればいい?
相続放棄の手続きが終わった後でも、後にトラブルや責任問題を防ぐために、以下の対応をしておくと安心です。
1. 自分が「現に占有している財産」がある場合
(例:被相続人と同居していた家、預かっている通帳、実印など)
- 対応: 次の相続人(または相続財産の清算人)に引き渡すまでは、勝手に売却したり、捨てたり壊したりせず、そのまま保存しておきましょう。
- 心がけること: 「保存」とは、現状を維持することです。家であれば、戸締まりをする、簡易清掃を行う、漏水・火災などを防止するなど、「現状を保つ」対応を心がけてください。
- 義務の終了: 次の引き受け手(相続人や清算人)が決まり次第、速やかに引き渡すことで、あなたの保存義務は終了します。
2. 自分が「現に占有していない財産」の場合
(例:遠方の空き家、疎遠な親族の家、関与していない土地など)
- 対応: 義務の発生要件である「占有」がないため、基本的にご自身で管理や保存を行う義務はありません。
- 安心のための備え: 万が一、自治体や債権者などから連絡が来た場合に備え、「相続放棄申述受理通知書(コピー)」を手元に保管しておくと安心です。「私は相続放棄をしており、以前からその財産を管理・占有していません」と明確に説明できます。
3. 「誰も管理する人がいない」場合
(例:次順位の相続人全員が放棄した結果、空き家が放置されて危険な状態にあるなど)
- 対応: 相続人全員が放棄し、財産が宙に浮いてしまうと、最終的にその財産は国庫に帰属する可能性があります。しかし、それまでの間、財産が放置されて近隣に損害を与えるリスクが残ります。
- 解決策: このような場合は、家庭裁判所に申し立てて「相続財産管理人(民法897条の2)」を選任してもらう方法があります。清算人が選任されれば、その後の財産の管理・処分は清算人に任せることができます。
- 注意点: 相続財産管理人選任の申し立てには、予納金(費用)がかかる場合がありますので、専門家(司法書士や弁護士)に相談しながら慎重に進めることをおすすめします。
まとめ:ルールを知れば、過度な不安はなくなります
今回の民法改正により、相続放棄後のルールは以前よりずっとクリアになりました。
- 2023年4月以降、保存義務があるのは「現に占有している人」だけに限定されました。
- 遠方に住んでいて関わっていないなら、 過度な心配は不要です。
- 手元にある財産は、次に引き渡すまで「現状維持(保存)」をすれば問題ありません。
「放棄した後のことはどうなるの?」「この荷物は捨てていいの?」といった不安がある場合は、自己判断で処分してしまう前に、ぜひ専門家にご相談ください。
あなたの状況に合わせて、「どこまでやれば安心か」を具体的にアドバイスさせていただきます。


