銀行の代表者が交代していても大丈夫?抵当権抹消の委任状が使えるケース・注意点

住宅ローンを完済したときに受け取った「抵当権抹消登記の書類」。
そのまま時間が経ってしまい、いざ手続きしようとしたら――

「委任状に書かれている代表取締役の名前が、今の代表者と違う…これって使えるの?」

このようなご相談はとても多く、長年放置していたり、相続や売却のタイミングで初めて気づく方も少なくありません。

結論からお伝えすると、代表者が代わっていても、委任状をそのまま使えるケースがほとんどです。

法律には、登記申請のために与えた代理権が、本人の死亡や法人の代表者交代などがあっても原則として消滅しないという「代理権の不消滅」の仕組みが定められています。

銀行などの法人は代表者が代わっても法人自体は同じですので、当時の代表者名で作成された委任状も、原則そのまま有効と扱われます。

もっとも、どのケースでも何も確認せずに使ってよいわけではありません。
代表取締役の就任期間や、委任状・解除証書の作成日、登記申請書への記載方法など、実務上押さえておきたいポイントがいくつかあります。

弊所では西宮で抵当権抹消登記のご相談を多く受けていますが、このテーマは「知っているかどうか」だけで手続きへの不安が大きく変わると感じています。

この記事では、次の内容をやさしく整理していきます。

  • 代表者が退任していても委任状が使える理由
  • 必ず確認すべき「就任期間」と「書類作成日」
  • 登記申請書にどう記載するか(実例つき)
  • 閉鎖事項証明書・会社法人等番号の扱い
  • 実務でよくある落とし穴と注意点

それでは、まずは「代表者が退任していても委任状が使える理由」から見ていきましょう。

目次

代表者が退任していても委任状は使える理由

抵当権抹消のご相談で非常に多いのが、「委任状に書かれている代表者名が、今の代表者と違う…このまま使えるの?」という不安の声です。

ローン完済から数年〜10年以上が経って抹消登記をする場合、金融機関の代表者が交代しているのはごく普通のことです。

まず安心していただきたいのは、代表者が退任していても、委任状はそのまま使えるケースがほとんどだという点です。その根拠が、不動産登記法に定められた「代理権の不消滅」という考え方です。

不動産登記法17条「代理権の不消滅」とは

不動産登記法17条は、登記申請のために与えられた代理権が、一定の事情があっても消滅しないことを定めています。

不動産登記法第17条(代理権の不消滅)
登記の申請をする者の委任による代理人の権限は、次に掲げる事由によっては、消滅しない。
1.本人の死亡
2.本人である法人の合併による消滅
3.本人である受託者の信託に関する任務の終了
4.法定代理人の死亡又はその代理権の消滅若しくは変更


必要な部分だけ噛み砕くと、次のとおりです。

登記申請の代理権は、代理人や本人の地位が変わっても、基本的には消滅しない。

銀行などの「法人」は、代表者が変わっても法人自体は同じです。そのため、

  • 昔の代表取締役 A が作成した委任状でも
  • 現在の代表取締役 B に変わっていても

A が代表者だった当時に作られた委任状は、そのまま有効と扱われます。

実務でも、過去に交付された委任状を使って問題なく抹消登記が完了するのは“日常的”です。

誤解されやすいポイント

代表者名が違うと不安になるのは当然ですが、「新しい代表者名で作り直してもらう必要がある?」といった誤解がよく見られます。

先述したように、実務では“当時の代表者名のまま”使用するのが通常です。

ただし、依頼者の方が

  • 古い書類を出すのが心理的に心配
  • 売買決済などで他の関係者への説明が必要

といった理由で新しい代表名の書類を希望される場合には、金融機関が再発行に応じることもあります。
もっとも、再発行には日数がかかることが多く、売却直前などでは非推奨です。

まず確認するべき2つのポイント

代表者が退任していても委任状が使えることは分かっても、「この書類、本当に大丈夫…?」と不安になる方は多いです。

そのときに確認すべきなのが、次の 2つのポイント です。
これは実務でも必ず行うチェックで、ここを押さえておけば判断を誤ることはまずありません。

① 当時の代表取締役の就任期間を確認する

最初に確認すべきは、委任状の作成日が、当時の代表者の就任期間内にあるかどうかです。

確認に使う書類

  • 履歴事項全部証明書(現在の登記事項)
  • 必要に応じて:閉鎖事項証明書(古い役員の情報が記録されている)

“現在の登記情報”に加えて「交付年の3年前の1月1日以降」に抹消された情報までしか載りません。
そのため、10年・15年前の委任状では、当時の代表者の記録が履歴事項には残っていないことがほとんどです。

このような場合は、当時の役員情報が記録された閉鎖事項証明書 を確認する必要があります。

■ 会社法人等番号(12桁)で代替できるケース

2015年(平成27年)以降の運用では、登記申請書に会社法人等番号(12桁)を記載すれば、代表者の資格証明書(履歴事項・閉鎖事項など)の添付が省略できる場合があります。

実務では、住所変更だけでなく「役員変更でも同じ扱い」で、現在の会社法人等番号と一致していれば、閉鎖事項証明書を省略できるという取り扱いをする法務局が多いです。

ただし注意点として、昔の本店移転などで 法人番号が変更されていた時代 がありますので、番号が一致しているかどうかの確認は必須です。

■閉鎖事項証明書が必要かどうかの判断ポイント

判断基準はとてもシンプルです。

閉鎖記録に載っている会社法人等番号が、現在の番号と一致しているかどうか

●番号が一致している場合(=閉鎖事項証明書が不要なことが多い)

次のような場合は、会社法人等番号の記載だけで足りるケースがあります。

  • 閉鎖事項証明書の法人番号が“現在と同じ”
  • 古い閉鎖記録で、そもそも法人番号の記載がない(旧ルール)

番号が一致していれば、過去の変更履歴は法人番号で紐付けて確認できるため、閉鎖事項証明書の添付が不要となることがあります。

●番号が一致していない場合(=閉鎖事項証明書が必要)

次のような場合は、省略できません。

  • 閉鎖記録に記載されている法人番号が、現在の番号と異なる

昔の制度では、本店移転や組織変更のたびに会社法人等番号が変更されていた時期 がありました。

そのため、閉鎖記録に“古い番号”が載っている場合は、現在の法人番号だけでは確認できません。

この場合は、閉鎖事項証明書を添付し、過去の情報を裏付ける必要があります。

② 委任状・解除証書の作成日

次に確認したいのは、委任状や解除証書が「いつ作成されたものか」 という点です。

ここが代表者の就任期間に入っていれば、委任状はそのまま有効 と判断できます。
この考え方は法務局でも安定しており、迷うことはほとんどありません。

■ 就任期間と作成日がズレている場合

もし作成日が就任期間の外側にある場合は、委任状の効力が問題になる可能性があります。

実務で確認するのは、次の3点です。

  1. 委任状の作成日
  2. 代表者の就任期間
  3. 登記事項(履歴事項/閉鎖事項)に記載された情報

この3つを照らし合わせて、「本当に当時の代表者が署名したものか」を判断します。
ここに矛盾がある場合は、金融機関に再発行をお願いした方が良いケースもあります。

【実例】ローン完済後10年以上放置 → 代表者変更

実務でよくあるケースを、分かりやすくまとめると次の流れになります。

  • 平成24年9月1日 住宅ローン完済
  • 同日 B銀行から抹消書類を受領(代表者X名義)
  • その後、約10年間放置
  • 令和4年 銀行代表者がYに交代
  • いざ申請しようとして「代表者名が違う」と不安になる

ここで大事なのは、委任状の作成日が、旧代表者Xの就任期間に入っているかどうかです。

  • 旧代表者 X の就任期間:平成22年6月26日〜平成30年6月28日
  • 委任状の作成日:平成24年9月1日

就任期間内なので、委任状は有効です。

実務では、次のように書類を整えます。

  • 義務者欄には、現在の代表者 Y を記載
  • その他事項に、「前代表取締役Xの代理権はすでに消滅しているが、在任期間内に作成された委任状であり有効である」旨を記載

登記申請書の書き方

代表者が交代しているケースで最も重要なのが、登記申請書の書き方です。
ここを正しく押さえておけば、通常は問題なく登記が通ります。

基本ルール

登記申請書で押さえるべきポイントは次の4つです。

  • 権利者 → 抵当権を抹消してもらう側(不動産所有者)
  • 義務者 → 金融機関(現在の代表取締役名を記載)
  • 旧代表者は義務者欄に書かない
  • 旧代表者に関する説明は「その他事項」に書く

特に間違いやすいのは、義務者欄には「今の代表者」を書くという点です。
旧代表者の名前を書く欄はありません。

その他事項に記載する内容

旧代表者が作成した委任状を使う場合は、「当時の代理権が有効だったこと」を簡潔に説明します。

書く内容は次の2点だけで十分です。

  1. 旧代表者の代理権は現在は消滅している
  2. 委任状は旧代表者の在任中に作成されている(=当時は有効)

実際に使える例文

登記義務者の前代表取締役 X の代理権限は既に消滅している。
同人が代理権限を有していた期間は、平成22年6月26日から平成30年6月28日までである。

具体的な申請書の書式例

登記の目的  抵当権抹消(○番)

登記の原因  令和○年○月○日 弁済

権利者    (住所)〇〇市〇〇町…
       (氏名)A

義務者    (所在地)東京都〇〇区…
       株式会社B銀行
       代表取締役 Y
       会社法人等番号 ○○○○○○○○○○○○

添付情報   登記識別情報
       登記原因証明情報
       代理権限に関する情報
       会社法人等番号により提供される情報

その他事項  この抵当権抹消に関する委任状・解除証書は、
       前代表取締役 X が在任中(平成22年6月26日〜平成30年6月28日)
       に作成されたものである。
       X は現在代表者ではないが、同人の代理権は
       不動産登記法17条により消滅していない。

申請日    令和○年○月○日
提出先    (管轄法務局名)
登録免許税  金2,000円
完了証    窓口交付を希望
不動産の表示 (略)

まとめ

代表者が退任していたり、書類が古かったりすると、「この委任状、本当に使えるのかな……」と不安になるのは自然なことです。

ですが、実務では 代表者が代わっていても、委任状はそのまま使えるケースがほとんど です。
まずは落ち着いて、次の2点を確認してみてください。

  • 委任状が作成された当時の代表者が、実際に就任していたか
  • 登記申請書に、旧代表者の代理権について正しく記載できているか

この2つがそろっていれば、抵当権抹消はスムーズに進むことが多いです。

ただし、閉鎖事項証明書が必要かどうか、会社法人等番号で添付を省略できるかなど、判断が難しい部分もあります。
「うちの場合はどちらなの?」と迷われるときは、司法書士へ早めに相談していただくと安心です。

私自身、西宮で日々さまざまな抹消書類を確認していますが、代表者変更による不安は、状況を丁寧に整理するだけで解消できることがほとんどです。

気になる点があれば、お気軽にご相談ください。
今の状況に合わせた最適な方法を一緒に整理し、安心して次の一歩を踏み出せるよう、心を込めてサポートいたします。

参考先例

登記申請の代理権が消滅していない場合の申請書の添付書類等について(通知)
(平成6年1月14日法務省民三第366号通知)
二 登記申請の委任をした法人代表者の代表権限が消滅した場合において、その委任を受けた代理人が当該委任に係る代理権限証書を添付して登記の申請をするとき
(1)申請書に添付された登記申請の代理権限を証する書面の作成名義人である法人の代表者が現在の代表者でない場合には、当該代表者の代表権限を証する書面として申請書に添付する書面には、当該代表者が代表権限を有していたことを明らかにする当該法人の閉鎖登記簿謄本が含まれる。この場合において、閉鎖登記簿謄本は、作成後三か月を超えるものであっても差し支えない。なお、上記のような書面を添付して申請をするときは、その代理人において当該代表者の代表権限が消滅している旨を明らかにする必要がある。

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代表司法書士・行政書士 今井 康介

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