亡き父の実家、名義は「母」か「子」か?二次相続や認知症リスクから考える、後悔しない選び方【司法書士解説】

その「とりあえず母名義」ちょっと待った!将来のリスク、見えていますか?

こんにちは。 シアエスト司法書士・行政書士事務所の代表、今井康介です。

お父様が亡くなられた後、ご実家の名義変更(相続登記)について、「お母さんがまだ住んでいるから、とりあえずお母さんの名義にしておこう」と判断されるケースは非常に多いです。 長年連れ添ったご夫婦の家ですから、心情的にもそれが一番自然な形に思えるかもしれません。

しかし、専門家の視点から申し上げますと、その「とりあえず」の選択が、将来的に思わぬ負担やリスクにつながることもあります。

今回は、「母名義」にする場合と「子名義」にする場合、それぞれのメリット・デメリットを冷静に比較・整理しました。 目先の安心だけでなく、二次相続(次のお母様の相続)や認知症リスクなども踏まえ、ご家庭にとって後悔のない選択肢を見つけるヒントになれば幸いです。

目次

1. よくある相談:「母が住むから母名義」で本当にいいの?

まずは、非常によくあるご相談事例を見てみましょう。

  • 状況: お父様が亡くなり、相続人は「お母様」と「お子様」の2人。
  • 実家の利用: お母様はこれまで通り実家に住み続けたい。
  • 子の状況: お子様はすでに独立して、別の場所にマイホームを持っている。

このような状況では、ご家族全員が「お母さんが住んでいる家なのだから、お母さんの名義にするのが一番自然だ」と考えるのが一般的です。 「母の老後の安心のためにも、家は母のものにしてあげたい」というお子様の優しさもあるでしょう。

一見すると、誰も困らない、最も円満な解決策に見えます。

司法書士が見ている「その先」

しかし、私たち専門家がこのご相談を受けたとき、必ず頭をよぎるのは「その次の相続(二次相続)」のことです。

今回のお父様の相続を「一次相続」と呼びますが、将来、お母様が亡くなられた時には「二次相続」が発生します。 「とりあえず母名義」という選択は、今の安心を得られる一方で、この二次相続の時に、手続きの手間や税金の負担を先送りしているだけという側面もあるのです。

2. 【比較】「母名義」にするメリット・デメリット

まずは、お母様の名義にする場合のメリットとデメリットを整理しましょう。

メリット:心情的な安心と税制優遇

最大のメリットは、お母様の「心情的な安心感」です。 「夫と作り上げた家が自分のものになった」という感覚は、配偶者を亡くされた後の精神的な安定につながります。住み慣れた家に、名実ともに「自分の家」として住み続けられることは大きな支えです。

また、税制面では「配偶者の税額軽減(配偶者控除)」という大きな優遇措置が使えます。 これは、配偶者が相続する場合、「法定相続分または1億6,000万円」までは相続税がかからないという制度です。これにより、今回の相続(一次相続)での納税額を0円、あるいは低額に抑えやすくなります。

デメリット:将来の負担とリスク(ここが重要)

しかし、司法書士として懸念するのは、将来発生する以下のリスクです。

① 二次相続の税負担が増えるリスク

今回お母様が相続した財産は、将来お母様が亡くなられた際、再びお子様たちが相続することになります(二次相続)。 この時、以下の理由からトータルの相続税負担が増えてしまう可能性があります。

  • 配偶者控除が使えない: お子様が相続する際は、特例的な控除枠がありません。
  • 基礎控除額が減る: 「3,000万円+600万円×相続人の数」という基礎控除の計算において、お父様がいなくなった分、相続人が1人減るため、非課税枠が小さくなります。

「とりあえず母名義」で一次相続を乗り切っても、トータルで見ると損をしてしまうケースがあるのです。

② 認知症による「資産凍結」リスク

これが最も実務で直面する深刻なトラブルです。 お母様名義にした後、高齢のお母様が認知症になり判断能力を喪失してしまうと、不動産の売却ができなくなります。

「介護施設に入る一時金を作るために実家を売りたい」と思っても、ご本人の意思確認ができないため契約が結べません。成年後見人をつけない限り売却できず、実家が「塩漬け(動かせない資産)」になってしまうのです。

③ 手続きの手間とコスト

不動産の名義変更(相続登記)には、その都度「登録免許税(税金)」と「司法書士報酬」がかかります。 「父→母」で1回、「母→子」で1回。経由することで、登記費用と手続きの手間が単純に2回分かかることになります。

3. 【比較】「子名義」にするメリット・デメリット

では、お母様を経由せずに、ダイレクトに「お子様の名義」にした場合はどうでしょうか。 こちらは、合理的な選択である反面、税務面や心情面での注意が必要です。

メリット:将来の手間とリスクを削減

  • 手続きが1回で済む: 不動産の名義を一度で確定させるため、将来の二次相続時に再び登記をする手間や費用がかかりません。
  • 認知症リスクへの備え: 名義がお子様にあるため、万が一お母様が認知症になっても、お子様の判断で実家を売却したり、リフォームしたりすることが可能です(※ただし、お母様の生活費をどう確保するかは別途検討が必要です)。

デメリット:税金と居住権の不安

① 「小規模宅地等の特例」が使えない可能性

相続税には、自宅の敷地の評価額を最大80%減額できる「小規模宅地等の特例」という非常に強力な制度があります。 配偶者(お母様)が相続する場合は無条件で適用されますが、「別居していて持ち家があるお子様(家なき子特例の対象外)」が相続する場合、この特例が使えなくなるケースが多いです。 これにより、一次相続での相続税額が跳ね上がってしまうリスクがあるため、必ず税理士によるシミュレーションが必要です。

② お母様の居住権への不安

名義がお子様になると、法律上、お母様は「他人の(子供の)家に住まわせてもらっている」という状態になります。 通常は問題ありませんが、もし将来、親子関係が悪化したり、お子様が先に亡くなって配偶者(嫁・婿)が権利を持ったりした場合、お母様が「出て行ってほしい」と言われるリスクがゼロではありません。

4. 第3の選択肢:「配偶者居住権」とは?

「母名義だと二次相続が心配」 「でも子名義だと母の住む権利が心配」

このジレンマを解決するために、2020年からスタートしたのが「配偶者居住権(はいぐうしゃきょじゅうけん)」という制度です。

簡単に言うと、建物の価値を「住む権利(居住権)」と「持っている権利(所有権)」の2つに切り分ける方法です。

仕組みとメリット

  1. 権利の分離:
    • お母様: 「配偶者居住権」を取得(=死ぬまで無償で住み続けられる)
    • お子様: 「所有権(負担付き)」を取得(=名義人になる)
  2. 住む権利の確保: 登記簿に「配偶者居住権」が登記されるため、もしお子様が家を売ったり、亡くなって権利が移ったりしても、お母様は法的に強く守られた状態で住み続けることができます。
  3. 節税効果(二次相続対策): 配偶者居住権は、お母様が亡くなると同時に消滅します。つまり、二次相続の際、居住権部分には相続税がかかりません。 建物の価値を圧縮して次の世代に渡せるため、資産規模が大きいご家庭では大きな節税効果が期待できます。

注意点

非常に便利な制度ですが、利用には「遺産分割協議で合意すること」または「遺言書で指定すること」が必要です。 また、建物の売却を前提としている場合など、適さないケースもありますので、専門家とのシミュレーションが必須です。

5. 司法書士が教える「失敗しない判断基準」

ここまでメリット・デメリットを見てきましたが、結局「うちはどれがいいの?」と迷ってしまう方も多いと思います。

そこで、ご家庭の状況に合わせて最適な選択肢を判断するための「簡易チャート」を作成しました。 あくまで一般的な目安ですが、方向性を決めるヒントとしてご活用ください。

【判断チャート】あなたの実家はどのタイプ?

Q1. お母様の年齢と健康状態は?

  • 若くて元気(認知症リスクが低い): 「母名義(親名義)」を検討しても良いでしょう。まずは配偶者控除を使って税負担を抑え、お母様の安心を確保します。 (※ただし、将来の認知症リスクに備えて、元気なうちに「家族信託」の契約だけ済ませておくという高度な予防策もあります)
  • 高齢で認知症が心配:「子名義」にしておくと、資産凍結リスクを回避できます。お母様名義にする場合は、すぐに「任意後見契約」などの対策が必要です。

Q2. 相続税の心配はありますか?

  • 資産が多い(相続税がかかる):「配偶者居住権」や「小規模宅地等の特例」をフル活用する必要があります。必ず税理士とシミュレーションをしてから名義を決めてください。
  • 基礎控除内(税金はかからない): → 税金よりも「将来の手間」や「家族の意向」を優先して決めて大丈夫です。

Q3. 家族仲はどうですか?

  • 円満で信頼関係が固い: → 柔軟な対応ができる「子名義」でもトラブルのリスクは低いでしょう。
  • 少し微妙・疎遠な家族がいる: → 口約束は危険です。「母名義」にするか、子名義にするなら「配偶者居住権」を設定して、権利関係をガチガチに固めておくことを強くお勧めします。

まとめ:名義変更は「家族の未来」を決めること

実家の名義変更は、単なる事務手続きではありません。 「これから先、ご家族がどのように資産を守り、引き継いでいくか」という、家族の未来そのものを決める重要な選択です。

「とりあえずお母さんの名義で」という判断は、一見優しく見えますが、将来的な「二次相続の負担」や「認知症による資産凍結」といったリスクを先送りしているだけかもしれません。

大切なのは、目先の安心だけでなく、5年後、10年後のご家族の姿まで想像して、最適な形を選ぶことです。

シアエスト司法書士事務所では、法律の専門家としての視点に加え、信頼のおける税理士と連携し、「税金」と「法律」の両面から、あなたのご家庭にとってベストなプランをご提案させていただきます。

「うちはどうするのが正解だろう?」と迷われたら、まずはお気軽にご相談ください。

代表司法書士・行政書士 今井 康介

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