「私たち親が死んだあと、あの子はひとりで生きていけるのだろうか?」
お子様が社会に馴染めず、家に引きこもりがちだったり、人との関係構築に強い困難(愛着障害の傾向)を抱えていたりする場合、親御様の胸には常にこの切実な問いがあるのではないでしょうか。
いわゆる「8050問題(80代の親が50代の子を支える現状)」が社会問題化していますが、こうしたご家庭に共通しているのは、親御様だけが、お子様にとって唯一の「社会との接点」であり「命綱」になってしまっているという点です。 もし明日、その命綱が切れてしまったら。 役所の手続きは誰がやるのか。お金の管理はできるのか。誰かが悪意を持って近づいてきた時、断ることができるのか。 不安を数え上げればキリがありません。
「できることなら、死ぬまで守ってやりたい」というのが親心かもしれません。しかし、いつか必ず別れの時は訪れます。 だからこそ必要なのは、親の愛情を注ぎ続けること以上に、「親がいなくなった後も、自動的にお子様を守り続ける仕組み」を、元気なうちに作っておくことです。
この記事では、愛着に課題を抱え、生きづらさを感じているお子様のために、「成年後見制度」や「財産管理契約」といった法律の力を使って、将来の安心を具体的に形にする方法をご提案します。
第1章 なぜ「愛着の課題」が「親亡き後のリスク」になるのか
「愛着障害(愛着形成の困難)」というと、どうしても心理面や性格の問題として語られがちです。 しかし、私たち法律実務家から見ると、これは将来の生活を脅かしかねない「重大な社会的リスク」として映ります。
なぜなら、愛着に課題を抱える方が持つ「人を極端に警戒する」、あるいは逆に「不安から人に過剰に依存してしまう」という特性は、守ってくれる親御さんがいなくなった途端、社会生活における大きな落とし穴になってしまうからです。
具体的には、次のような危険が想定されます。
1. 「助けて」が言えない(孤立とセルフネグレクト)
人を信頼することに恐怖を感じるタイプのお子様の場合、親亡き後に社会との接点をすべて遮断してしまう恐れがあります。
困ったことがあっても、「役所に行けば怒られるのではないか」「相談してもどうせ分かってもらえない」と思い込み、誰にもSOSを出せません。 その結果、公共料金の支払いが滞って電気が止まったり、体調が悪くても病院に行けなかったりと、生活が破綻する「セルフネグレクト(自己放任)」に陥るリスクが高まります。
2. 優しさを信じて騙される(財産被害)
逆に、寂しさや見捨てられ不安が強いタイプのお子様の場合、心の隙間に入り込んでくる「悪い大人」の格好のターゲットになり得ます。
普段、社会から孤立している分、優しく話しかけてくる訪問販売業者や、怪しい投資話を持ちかける知人を「唯一の理解者」だと錯覚してしまうのです。 「嫌われたくない」「この人を逃したら一人ぼっちになる」という心理から、言われるがままにお金を渡してしまい、親御さんが残した大切な財産をすべて搾取されてしまうケースも少なくありません。
3. 兄弟姉妹との遺産トラブルで権利を失う
さらに深刻なのが、相続の場面です。 もし、他にご兄弟がいらっしゃる場合、「親はずっとあの子ばかり世話をしていた」「自分は損をしていた」という感情的なしこりが、親御さんの死後に爆発することがあります。
遺産分割協議において、兄弟から厳しい言葉をかけられた際、愛着に課題のあるお子様は、適切に反論したり、自分の権利を主張したりすることができません。 恐怖から話し合いを放棄してしまったり、不利な条件のまま判子を押してしまったりして、生きていくために本来もらえるはずの財産まですべて失ってしまうリスクがあるのです。
第2章 親の代わりはいない。でも「親の機能」は法的に作れる
「私たちが死んだら、誰がこの子を無条件に愛して、守ってくれるのか」 親御様が一番心配されるのは、この点だと思います。 残酷な現実かもしれませんが、親御様と同じような愛情を持って、24時間365日お子様に寄り添ってくれる「新しい親」を見つけることは、現実には不可能です。
しかし、ここで視点を少し変えてみてください。 親御さんが日々お子様のために行っていることを、「愛情」ではなく「機能(役割)」として分解してみるとどうでしょうか。
- 通帳を管理し、必要な生活費を渡す(財産管理)
- アパートの更新や、福祉サービスの契約手続きをする(身上保護)
- 変な勧誘が来たら、玄関先で断る(取消権・守る力)
こうした「社会生活を送る上で必要な、親としてのガード機能」だけであれば、法律の力を使って、専門家にそのまま引き継ぐ(外注する)ことが可能です。
「法的な守護者」を用意する2つの方法
この「親の機能」を法的に再現するための代表的な仕組みが、以下の2つです。
- 成年後見(せいねんこうけん)制度 判断能力が不十分な方に代わって、家庭裁判所に選ばれた後見人(司法書士などの専門家)が、財産管理や契約行為を行う制度です。 悪徳商法の被害に遭っても契約を取り消せるなど、強力な「守る力」を持っています。
- 財産管理契約(ざいさんかんりけいやく) 判断能力はあるけれど、管理が苦手な方のために、通帳の管理や支払いを代行する契約です。 後見制度よりも柔軟で、ご本人の希望に合わせて「お金の管理だけ手伝う」といったオーダーメイドの支援が可能です。
愛情の代わりにはなれませんが、「生活が破綻しないように管理する」「トラブルから守る」という点において、これらの制度は親御さんに代わる「最強の防波堤」になり得ます。
第3章 転ばぬ先の杖。「任意後見(にんいこうけん)」という選択
後見制度には、大きく分けて2つの種類があります。 一つは、認知症などで判断能力が低下した「後」に、家庭裁判所が後見人を選ぶ「法定後見(ほうていこうけん)」。 もう一つは、判断能力がある「元気なうち」に、将来の後見人を自分で決めておく「任意後見(にんいこうけん)」です。
愛着に課題を抱えるお子様のために私たちが強くおすすめするのは、後者の「任意後見」です。
「知らない人が急に来る」恐怖を避ける
もし、何も準備をしないまま親御さんが亡くなり、その後お子様の判断能力が不十分になったとします。 そこで慌てて「法定後見」を申し立てると、家庭裁判所が選任した、お子様にとって全く面識のない専門家(司法書士や弁護士)が、突然「今日から私があなたの財産を管理します」と現れることになります。
人を信頼するのが怖い、あるいは人との距離感がつかめないお子様にとって、これは恐怖以外の何物でもありません。 「知らない人に通帳を取られた」とパニックになったり、心を閉ざして支援を拒絶してしまったりする恐れがあります。
「顔なじみの人」にバトンタッチする
一方で、「任意後見」であれば、親御さんがお元気なうちに、親子一緒に専門家と会い、「この先生なら安心できそうだね」という人を自分たちで選ぶことができます。
そして、契約を結んだ後も、すぐに財産管理を始めるのではなく、まずは「見守り」として定期的に連絡を取り合います。 「お父さんお母さんが信頼している先生」として、時間をかけて顔なじみの関係を作っていくのです。
そうすることで、いざ親御さんが亡くなられた時も、「よく知らない怖い他人」ではなく、「いつも相談に乗ってくれるあの先生」として、スムーズに支援を引き継ぐことができます。 この「関係性を育てる時間」を作れることこそが、任意後見の最大のメリットなのです。
第4章 お金の管理を仕組み化する「財産管理契約」と「遺言」
「親亡き後」の最大の問題は、やはり「お金」です。 しかし、単に「お金をたくさん残してあげる」だけでは、かえってお子様を危険にさらしてしまうことがあります。
社会経験が少ないお子様や、金銭管理が苦手なお子様が、突然何百万、何千万という遺産を手にしたらどうなるでしょうか。 一気に使い果たしてしまったり、そのお金を狙う悪い人たちに囲まれてしまったりするリスクがあります。 だからこそ、お金そのものよりも、「お金が安全に管理され、少しずつ渡される仕組み」を残すことが重要なのです。
1. 「お小遣い制」で守る財産管理契約
判断能力には問題がなく、成年後見をつけるほどではないけれど、お金の管理には不安がある。 そんな場合に有効なのが、司法書士などの専門家と結ぶ「財産管理契約(ざいさんかんりけいやく)」です。
これは、いわば大人のための「お小遣い制」のような仕組みです。
- 通帳の管理: まとまった財産が入った通帳や実印は、専門家が厳重に保管します。
- 生活費の受渡し: 「毎月15日に10万円」といった形で、必要な生活費だけをお子様の口座に振り込みます。
こうすることで、お子様は手元の生活費を自由に使いつつ、将来のための虎の子の財産は、浪費や詐欺被害から鉄壁の守りで保護されることになります。
2. 遺言書は「お金」と「管理人」をセットにする
そして、この仕組みを確実に動かすために欠かせないのが「遺言書」です。
ただ漫然と「全財産を長男〇〇に相続させる」と書くだけでは不十分です。それでは、無防備な大金がそのままお子様に渡ってしまいます。 遺言書の中で、例えば「財産管理を司法書士〇〇に依頼することを条件とする」といった内容を盛り込んだり、信託の仕組みを活用したりして、「お金」と「それを管理する人」がセットでお子様に渡るように設計しておくのです。
3. 兄弟トラブルを防ぐ「付言事項(ふげんじこう)」
また、他に兄弟姉妹がいらっしゃる場合、支援が必要なお子様に多くの財産を残そうとすると、「不公平だ」という不満が他の兄弟から出る恐れがあります。 この感情的な対立の矢面に立たされるのは、残されたお子様です。
それを防ぐために、遺言書の最後に「付言事項(ふげんじこう)」を書き添えてください。
「長男は社会生活に困難を抱えており、生きていくために多くの資金が必要です。これはえこひいきではなく、親として、この子が路頭に迷わないための最低限の願いです。次男の〇〇も、どうか理解して、兄を見守ってやってください」
法的な効力はありませんが、親の切実な「想い」が書き残されていることで、兄弟間の無用な争いを防ぎ、お子様が兄弟から攻撃されるリスクを減らすことができます。
第5章 司法書士は「ドライだけど裏切らない家族」
「他人にお金を払って面倒を見てもらうなんて、なんだか冷たい気がする」 そう感じる親御さんもいらっしゃるかもしれません。しかし、愛着に課題を抱えるお子様にとって、私たち司法書士のような専門家は、ある種「理想的な距離感の家族」になり得ます。
感情ではなく「法律」でつながる強さ
私たち司法書士は、心理カウンセラーではありません。 お子様を抱きしめたり、夜通し愚痴を聞いて心を慰めたりすることは、正直に申し上げて専門外です。
しかし、私たちは「契約上の家族」になることはできます。 成年後見人や財産管理人は、法律によって「ご本人のために尽くす義務(善管注意義務)」を厳格に負っています。
親戚や知人であれば、「生意気だ」「可愛げがない」と感情を害して離れていってしまうことがあるかもしれません。しかし、私たちは法律家です。 お子様がどんなに不機嫌でも、あるいは心を閉ざしていても、契約がある限り、私たちは絶対に裏切りませんし、面倒がって逃げ出すこともありません。
「好き嫌い」という感情を超越した、「法律と契約」による強固なつながり。 それはドライに見えるかもしれませんが、親亡き後のお子様にとって、何よりも確実で信用できる「命綱」となるはずです。
「他人」だからこその安心感
また、愛着障害の特性として、「親密な人間関係」そのものに恐怖やストレスを感じてしまうことがあります。 「期待に応えなきゃいけない」「嫌われたらどうしよう」と過剰に顔色をうかがってしまうのです。
その点、司法書士は「仕事として関わる他人」です。 感情的な見返りを求めませんし、親のように「こう生きなさい」と説教をすることもありません。 定期的に事務的な連絡をし、淡々と財産を守り、必要な時だけスッと手を差し伸べる。
この「感情が絡まない、ほどよい距離感」こそが、人付き合いが苦手なお子様にとっては、むしろ一番心が楽で、長く付き合える安定した関係になることが多いのです。 「法律で守ってくれる、親切な他人」。それくらいの存在を用意しておくことが、お子様の自立を支えるちょうどいい杖になります。
おわりに
「この子が一人になる時まで、私が責任を持って面倒を見なければ」
「私が死んだら、この子はどうなってしまうんだろう」
夜、ふとした瞬間にそんな不安に襲われ、胸が苦しくなる親御さんも多いのではないでしょうか。 愛着に課題を抱え、生きづらさと戦っているお子様を見ていると、「親である自分たちしか守れない」と、ご自身を追い詰めてしまいがちです。
でも、どうか一人で背負い込みすぎないでください。 親御さんがすべての責任を負って、最期の瞬間まで悩み続ける必要はありません。 愛情だけではどうにもならない部分は、法律や制度という「仕組み」に任せてしまっていいのです。
「親亡き後の不安」を解消するために、私たち法律家がいます。 お子様の性格、現在の生活状況、そして財産の規模によって、最適な守り方は一人ひとり違います。 成年後見がいいのか、財産管理契約がいいのか、あるいは遺言で工夫をするのか。 親御さんが元気で、判断能力がしっかりしている「今」だからこそ、選べる選択肢がたくさんあります。
「うちの子の場合、どんな守り方ができる?」 まずは、その一言をご相談ください。
漠然とした不安を、一つひとつ具体的な「安心」に変えていくお手伝いをさせていただきます。 お子様が親亡き後も、誰かに守られ、穏やかに生きていける未来を、一緒に作っていきましょう。


