
※本記事は2026年10月時点の情報に基づいて解説しています。
「父の家は、長男の私が継ぐことになっています。家族信託にしておけば、妹から遺留分を言われずに済むと聞いたのですが、本当でしょうか。」
家族信託のご相談で、このようなご質問をいただくことがあります。
親御さんの思いを形にしたい。きょうだいで争いたくない。そのお気持ちは、とてもよく分かります。
ただ、先に結論をお伝えすると、家族信託をしても、遺留分の心配がなくなるわけではありません。
この記事では、その理由と、それでも家族信託を上手に使うための考え方を、できるだけやさしくお話しします。
結論:家族信託でも、遺留分はなくなりません
遺留分とは
遺留分(いりゅうぶん)は、兄弟姉妹以外の相続人に、法律が保障している最低限の取り分です。
子や配偶者が相続人の場合、遺留分は法定相続分の半分です(親だけが相続人の場合は3分の1。民法1042条)。
たとえば、相続人が長男と長女の2人で、財産が4,000万円の場合。長女の法定相続分は2,000万円、遺留分はその半分の1,000万円です。遺言で「全部を長男に」としても、長女は1,000万円に届かない分を、長男に請求できます。
2019年7月1日以降に始まった相続では、遺留分は「お金で払ってください」と請求する権利になりました(遺留分侵害額請求。民法1046条)。
請求できる期間は、相続が始まったことと、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った時から1年、または相続開始から10年です(民法1048条)。
また、遺留分の計算には、亡くなった時の財産だけでなく、生前の贈与も一定の範囲で加わります(民法1043条・1044条)。
家族信託でも関係してくる理由
家族信託は、親(委託者)が財産の名義を子(受託者)に預けて管理してもらい、その財産から生まれる利益を受け取る人(受益者)を決めておく仕組みです(仕組みの全体は家族信託とは?メリット・デメリットで解説しています)。
家族信託では、親が亡くなった後に誰が受益者になるかも、契約で決めておけます。これは見方を変えると、「親の財産の価値を、誰に渡すか」を決めていることになります。
価値が特定のお子さんに移り、その結果ほかのお子さんの遺留分に届かなくなれば、遺留分の問題が出てきます。信託を使っても遺留分の制度は外せない、というのが、多くの専門家の考え方です。日本弁護士連合会のガイドライン(2022年12月)でも、信託契約書を作るときは、遺留分侵害額請求をされる可能性を十分に検討するよう求めています。
「信託なら遺留分は関係ない」という意見もあります
一方で、専門家の中には、次のような意見もあります。
信託の受益権は、相続で受け継ぐものではない。生命保険の死亡保険金と同じで、遺留分の対象にはならない。
その根拠として挙げられるのが、信託法91条です。受益者が亡くなると、その人の受益権は消え、次の人が「新しく」受益権を取得する、という形を認めた条文です。また、生命保険の死亡保険金は、最高裁判所の判決(平成14年11月5日)で、遺留分の対象にならないとされています。
私自身、この考え方には一理あると感じています。信託法は、民法の相続とは違う形で財産を引き継ぐ道を開いた法律だからです。
それでも私は、この考え方を前提にご家族の信託を設計することは、お勧めしていません。理由は3つあります。
- 信託と遺留分について、最高裁判所の判断はまだありません。裁判所が同じ考え方をとってくれるかどうかは、分からないのです。
- 生命保険と信託は、仕組みが違います。死亡保険金は、亡くなった時に初めて受取人のものになる権利で、もともと親の財産ではありません。信託は、親がもともと持っていた家や預金そのものを移す仕組みです。
- 実際に、逆の判断をした裁判があります。次の章でご紹介します。
裁判で「一部無効」とされた家族信託
東京地方裁判所の平成30年9月12日の判決です。
事案のあらまし
- 父は末期のがんと診断された数日後に、二男を受託者とする信託契約を結び、その約2週間後に亡くなりました。
- 信託に入れたのは、自宅、賃貸物件、山林など、父の不動産のほぼすべてでした。
- 父の死後の受益権は、二男が6分の4、長男と長女が6分の1ずつ。さらにその次は、二男の子どもたちが受け取る内容でした。
- 長男の受け取る6分の1は、ちょうど長男の遺留分と同じ割合です。
長男は、この信託は遺留分を逃れるためのものだとして、裁判を起こしました。
裁判所の判断
先祖代々の自宅や、売ることも貸すこともできない山林のように、利益を生む見込みのない不動産まで信託に入れた部分は、形の上では遺留分に見合う受益権を渡しながら、実際には遺留分の制度を逃れる目的で信託を使ったものだ、と判断しました。そして、その部分は公序良俗に反して無効とされました。
この判決は地方裁判所のもので、控訴審は和解で終わったとされています。ですから、これで考え方が決まったわけではありません。
それでも、この裁判所が「信託の受益権も遺留分の問題になる」という前提で考えたこと、そしてお金を払えば済むどころか、信託そのものが一部崩れることもあるということは、知っておいていただきたいと思います。
もめたときは、裁判で決着をつけるしかありません
専門家の間でも考え方が分かれている問題で、もし相続人から遺留分を請求されたら、どうなるでしょうか。
話し合いでまとまらなければ、最終的には裁判所で決めてもらうしかありません。何年もかかることもありますし、費用もかかります。そして何より、きょうだいの関係が大きく傷つきます。
その負担を背負うのは、信託をした親御さんではなく、残されたご家族です。
「信託なら大丈夫」と考えて設計した結果、ご家族が裁判に巻き込まれてしまっては、本末転倒です。
ですから私は、家族信託で「遺留分をなくす」のではなく、「遺留分に備える」設計をお勧めしています。
遺留分に「備える」家族信託の使い方
① ほかのお子さんにも、遺留分に見合うものを
信託の受益権の一部をほかのお子さんにも持ってもらう、信託に入れない預金を渡す、といった方法があります。遺留分に届いていれば、そもそも請求の問題は起きません。
② 生命保険で「払うお金」を用意しておく
家を継ぐお子さんを死亡保険金の受取人にしておけば、遺留分を請求されたときの支払いに充てられます。死亡保険金は、原則として遺留分の計算に入りません。ただし、保険金の額が財産全体に比べて大きすぎる場合などには、例外として扱いが変わることがあるので、金額の決め方には注意が必要です。生命保険の使い方は、「全財産を長男に」は通用する?遺留分トラブルを防ぐ『遺言書の書き方』と『生前の放棄』の真実でも詳しくお話ししています。
③ 生前に、遺留分を放棄してもらう
親が元気なうちに、ほかのお子さんに遺留分を放棄してもらう方法もあります。ただし、家庭裁判所の許可が必要で(民法1049条)、許可を得るには、放棄する方にそれに見合う理由や見返りがあることなどが求められます。
④ 遺言と組み合わせる
信託に入れなかった財産をどうするかは、遺言で決めておく必要があります。家族信託と遺言は、どちらか一方ではなく、組み合わせて使うものです。
⑤ ご家族で話し合っておく
いちばん大切なのは、親御さんご自身の言葉で、「なぜこう分けるのか」をお子さんたちに伝えておくことです。納得していれば、遺留分の請求はまず起きません。
当事務所で家族信託を設計するとき、最初に確認すること
当事務所では、家族信託のご相談をいただいたら、まず次のことを一緒に確認します。
- ご家族の構成と、遺留分を持つ方はどなたか
- 財産の全体像と、遺留分のおおよその額
- 信託に入れる財産と、入れない財産
- ほかのお子さんへの説明や、話し合いの場をどうするか
- 生命保険や遺言など、組み合わせる対策
遺留分の額を先に見ておくことで、「どこまでなら争いになりにくいか」が見えてきます。
まとめ
- 家族信託をしても、遺留分の心配はなくなりません(多くの専門家の考え方)
- 「信託なら遺留分は関係ない」という意見もありますが、最高裁判所の判断はまだなく、逆の判断をした裁判もあります
- もめれば裁判で決めるしかなく、その負担を背負うのは残されたご家族です
- だからこそ、遺留分を「なくす」のではなく「備える」設計が大切です
よくある質問
- 家族信託をすれば、遺留分を請求されることはありませんか?
-
いいえ。家族信託をしても、遺留分の制度は外せないというのが多くの専門家の考え方です。信託によってほかの相続人の遺留分に届かなくなれば、お金での支払いを請求される可能性があります。
- 「信託の受益権は相続ではないから、遺留分の対象外」と聞きました。本当ですか?
-
そうした意見もありますが、最高裁判所の判断はまだありません。東京地方裁判所の平成30年の判決では、遺留分を逃れる目的とされた信託の一部が無効とされています。この意見を前提に設計するのはリスクがあります。
- 遺留分はどのくらいですか?
-
子や配偶者が相続人の場合は、法定相続分の半分です。親だけが相続人の場合は3分の1です。兄弟姉妹には遺留分はありません。
- 遺留分の請求は、いつまでできますか?
-
相続が始まったことと、遺留分を侵害する贈与や遺贈があったことを知った時から1年以内です。知らなくても、相続開始から10年たつと請求できなくなります。
- 遺留分を請求されたら、信託はどうなりますか?
-
基本は、お金で支払うことで解決します。ただし、遺留分を逃れる目的が強いと判断されると、信託の一部が無効になった裁判例もあります。
西宮・阪神間の家族信託は、シアエスト司法書士・行政書士事務所へ
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出典・参考
- 民法1042条・1043条・1044条・1046条・1048条・1049条
- 信託法91条(受益者の死亡により他の者が新たに受益権を取得する旨の定めのある信託の特例)
- 東京地方裁判所 平成30年9月12日判決(金融法務事情2104号78頁)
- 最高裁判所 平成14年11月5日判決(死亡保険金の受取人の変更と遺留分)
- 日本弁護士連合会「民事信託業務に関するガイドライン」(2022年12月)

