2024年3月1日にスタートした「戸籍の広域交付制度」。
窓口でよく聞かれるのが、
「これで、戸籍はもうどこでも全部取れるんですよね?」
…残念ながら “ほぼ” どこでも取れるようになっただけで、「全部」ではありません。
とくに相続・不動産登記では、広域交付制度では取れない書類がいくつかあります。
この記事では、
- 広域交付で「できること」
- 広域交付では「絶対に取れないもの」
- 相続・登記で実際にどう使い分けるか
を、司法書士の実務目線でまとめます。
制度紹介だけでなく、「どこで詰まりやすいか」まで踏み込んでいるので、少し長いですが、相続関係の戸籍を集める前に一度読んでおいて損はありません。
1. 戸籍の広域交付制度とは?
1-1. どこで何ができる制度か
広域交付制度とは、
「全国どこの市区町村役場の窓口でも、自分や親・子などの戸籍謄本等をまとめて請求できる制度」
のことです。
法務省の戸籍情報連携システムで全国の戸籍データをつなぎ、本籍地以外の役所でも戸籍証明書を出せるようにした仕組みです。
1-2. 広域交付で「取れる人」と「取れる戸籍」
請求できる人(請求者)と、証明の対象にできる人は、どちらも次の範囲に限定されています。
- 本人
- 配偶者
- 直系尊属(父母・祖父母など)
- 直系卑属(子・孫など)
つまり、
- 兄弟姉妹
- おじ・おば
- 甥・姪
- 離婚した元配偶者 など
の戸籍は 広域交付では請求できません。
取得できる証明書の種類は、原則次の3つです。
- 戸籍全部事項証明書(いわゆる「戸籍謄本」)… 1通 450円
- 除籍全部事項証明書(除籍謄本)… 1通 750円
- 改製原戸籍謄本 … 1通 750円
※市区町村によって細かい名称の違いはありますが、手数料は従来の本籍地請求と同額です。
1-3. 広域交付の利用条件
主な利用条件は次のとおりです。
- 窓口申請のみ
- 郵送では広域交付は使えません。
- 本人が来庁すること
- 委任状を出して代理に行ってもらう方法は不可。
- 弁護士・司法書士の「職務上請求」でも広域交付は使えません。
- 顔写真付きの本人確認書類が必須
- 運転免許証
- マイナンバーカード
- パスポート
- 在留カード 等
健康保険証だけではNGという自治体がほとんどです。
※予約制にしている役所も多いので、行く前に各自治体サイトで「広域交付 戸籍」で検索しておくとスムーズです。
2. 広域交付で「どこまで楽になる」のか
相続手続きでは、原則として
被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までのすべての戸籍・除籍・改製原戸籍
が必要になります。
2-1. 従来の面倒くささ
今までは、
- 亡くなった時点の本籍地の役所に戸籍を請求
- そこに「前の本籍地」が書いてあるので、次はその役所に郵送請求
- さらにその前の本籍地があれば、また別の役所へ…
という 「戸籍リレー」 を、出生までひたすら繰り返す必要がありました。
数カ所に散らばっていると、平気で 1~2か月かかる ケースもあります。
2-2. 広域交付を使うとどう変わるか
広域交付を使うと、
- 最寄りの市区町村役場で
- 相続で必要な範囲(出生~死亡)の戸籍を
- まとめて請求できる
ようになりました。
もちろん即日全部そろうとは限りませんが、「窓口の数」がぐっと減るのが最大のメリットです。
3. それでも広域交付では「絶対に取れないもの」
ここからが、このページの本題です。
広域交付は便利ですが、対象外の証明書を知らないと、相続や登記で必ずどこかで詰まります。
3-1. 戸籍の附票(住所の履歴)…広域交付“最大の盲点”
戸籍の附票の写しは、広域交付の対象外です。
- 戸籍の附票:その本籍にいた期間の 住所の変遷(引っ越しの履歴) が載っている書類
なぜ相続・登記で重要か
相続登記では、
登記簿上の住所 = 亡くなった方本人であること
を証明するために、住所の「つながり」を書類で追いかける必要があります。
- 亡くなった方の登記簿上の住所
→ 住民票や住民票除票だけではつながり切らないケースが多い - 住所が2回以上変わっているとき
→ 戸籍の附票でしかつながらない、というパターンがよくあります。
戸籍の附票を取る方法
戸籍の附票は、
- 本籍地を管轄する役所で
- 窓口
- 郵送請求
という 従来どおりの方法でしか取れません。
広域交付で戸籍は最寄りの役所、戸籍の附票は本籍地の役所(郵送含む)
という 「二刀流」になる ことを意識しておいてください。
3-2. 戸籍抄本・除籍抄本(個人事項)も対象外
広域交付で取れるのは 「全部事項証明書(謄本)」だけ です。
- 戸籍個人事項証明書(戸籍抄本)
- 除籍個人事項証明書(除籍抄本)
は、広域交付では請求できません。
「自分の分だけでいいから抄本で」は、 広域交付では不可。
本籍地の役所に従来どおり請求する必要があります。
相続では謄本で請求することがほとんどなので、実務上の影響はそこまで大きくありませんが、「抄本は広域不可」という点は押さえておきましょう。
3-3. 住民票・住民票除票は別ルート
よく混同されますが、
- 戸籍:本籍地で管理(広域交付は法務省の戸籍システム)
- 住民票:住所地で管理(マイナンバー・住基ネットの世界)
で、仕組みがまったく違います。
住民票・住民票除票は広域交付とは無関係で、
- 住所地の市区町村役所で請求
- マイナンバーカードがあればコンビニ交付も可(未対応自治体あり)
という従来どおりのルールです。
相続手続きでは、
- 相続人の住民票
- 被相続人の住民票除票(最後の住所)
が必要になるので、
戸籍(広域交付)+ 住民票(住所地)+ 戸籍の附票(本籍地)
という 三方向から集める イメージになります。
3-4. コンピュータ未整備の戸籍は広域不可
ほとんどの戸籍はコンピュータ化されていますが、
一部の古い戸籍など、事情があって 電子データに乗っていない戸籍 が残っています。
広域交付は 「戸籍のデータ連携」が前提 のため、
- 電算化されていない戸籍
- データに不整合がある戸籍
などは、広域交付の対象外です。
その場合、
「この戸籍は広域では取れません。本籍地の役所で請求してください」
と案内されるので、改めて本籍地に郵送または窓口で請求することになります。
3-5. 郵送請求・第三者請求・職務上請求は「別世界」
もう一度整理すると、
- 広域交付は「本人が窓口に来る」ことが大前提 で、
- 郵送不可
- 代理人不可
- 職務上請求不可
という、かなり厳しめのルールです。
なので、
- 高齢で役所に行くのが難しい方
- 遠方に住んでいて地元の役所に行けない相続人
- 海外在住の相続人
などは、結局
- 本籍地への郵送請求
- 弁護士・司法書士・行政書士等の職務上請求
を組み合わせることになります。
「広域交付があるから、専門家に頼む必要はなくなった?」
と聞かれることもありますが、実務的には 「選択肢が増えた」だけ という感覚に近いです。
4. よくある勘違いと、相続実務での「落とし穴」
勘違い①
「広域交付で、どこの役所でも全部オンラインで取れるようになった?」
→ なっていません。
- オンラインで請求できる戸籍は、まだごく一部の自治体の電子証明書レベルに限られています。
- 広域交付そのものは 「オンライン請求」ではなく、あくまで窓口交付 の仕組みです。
将来的にオンライン化が進む方向ではありますが、
2025年時点では、
「戸籍は基本、まだ役所に取りに行く時代」
と思っておいた方が現実的です。
勘違い②
「広域交付なら、兄弟の戸籍も見られますよね?」
→ 見られません。
プライバシー保護の観点から、
- 兄弟姉妹
- おじ・おば
- 甥・姪
- 配偶者の親族 など
の戸籍は広域交付の対象外です。
相続関係で必要になることもありますが、その場合は
- 本籍地の役所で
- 相続の正当な理由を記載して請求
- または、戸籍全部を通じて相続人であることを証明
といった、従来型の手続きが必要です。
勘違い③
「広域交付で戸籍さえ全部そろえば、相続はだいたい何とかなる?」
→ ここで止まる方が一番多いです。
相続手続き全体で見ると、必要書類はざっくり次のような構成になります。
- 被相続人・相続人の
- 戸籍(+除籍・改製原) → 広域交付の出番
- 住民票・住民票除票
- 戸籍の附票(住所のつながり)
- 不動産の評価証明書
- 預貯金・株式の残高証明
- 遺産分割協議書 等
つまり、広域交付で楽になるのは 「あくまで全体の一部分」 だけです。
5. 実務でのうまい使い方|自分でやる?専門家に任せる?
5-1. 自力でも比較的やりやすくなったケース
広域交付のおかげで、次のようなケースは ご自身だけで完結しやすくなりました。
- 被相続人の本籍が、1〜2カ所しかない
- 相続人が配偶者と子どもだけ
- 相続財産が預貯金中心で、不動産は自宅1つだけ
- 役所の窓口に行ける人が、家族の中にいる
この場合、
- 住所地の役所で広域交付を利用して、被相続人の出生〜死亡までの戸籍をまとめて請求
- 住民票・住民票除票は、住所地で取得
- 戸籍の附票が必要なら、本籍地の役所へ郵送請求
という流れで、書類集めまでは何とかなる ことが多いです。
5-2. 専門家に任せた方が結果的に早いケース
逆に、次のような場合は 広域交付を前提にしても、専門家に任せた方が早くて安全 なことが多いです。
- 被相続人の本籍地が3カ所以上にまたがる
- 戸籍をさかのぼると、
- 再婚
- 認知
- 代襲相続(先に亡くなった子の子どもが相続人になるパターン)
などが絡んでくる
- 不動産が複数(遠方も含む)ある
- 相続人の一部が海外在住、連絡がつきにくい
- 銀行・証券・保険など、金融機関の数が多い
こういったケースでは、
- 「どの戸籍が抜けているか」のチェック
- 広域交付で取れるもの・本籍地に郵送すべきものの振り分け
- 各種相続手続き(口座解約、名義変更、相続登記)
まで一気通貫でやってしまった方が、トータルコストも時間も小さくて済む ことが少なくありません。
6. まとめ|広域交付は「強力な道具」。でも、それだけでは足りない
最後に、この記事のポイントだけざっくり整理します。
- 広域交付制度でできること
- どこの役所でも、自分・配偶者・直系の戸籍謄本等(全部事項)が請求できる
- 被相続人の出生〜死亡までの戸籍集めが、かなり楽になる
- それでも広域交付では絶対に取れないもの
- 戸籍の附票(住所の履歴)
- 戸籍抄本・除籍抄本
- 住民票・住民票除票
- 一部の非電算化戸籍
- 郵送請求・第三者請求・職務上請求による戸籍
- 相続・登記の現場では
- 広域交付(戸籍)
- 本籍地への郵送請求(戸籍の附票など)
- 住所地での住民票・評価証明など取得
を組み合わせて初めてゴールにたどり着く
広域交付は、うまく使えば 「戸籍集めのストレス」をかなり減らしてくれる道具 です。
ただし、それだけで相続手続きが完結するわけではない、という冷静な目線も大事です。
「うちのケースは、自分でやれるレベルなのか」
「どこから先を専門家に頼むのが効率いいのか」
と迷ったら、その判断のところから相談してもらって大丈夫です。
広域交付を前提にした 最短ルートの戸籍収集の組み立て から、相続登記・預貯金解約まで、一括で設計していきましょう。
📌 参考リンク(公的情報)
広域交付制度や郵送請求の制度面について、より詳しい情報を確認したい方は以下をご参照ください。
- 総務省:戸籍法の一部を改正する法律(令和元年法律第17号)
広域交付制度の導入根拠となる改正法です。 - 日本郵便:定額小為替について
広域交付制度の対象外となる証明書を郵送請求する際に必要となる「定額小為替」の案内ページです。

