「財産は持っていけない」と分かっていても手放せない人へ — 生きているうちに渡すという選択

「財産は持っていけない」と分かっていても手放せない人へ — 生きているうちに渡すという選択

「財産は、あの世まで持っていけませんからね」

終活のご相談で、ご本人がこうおっしゃることがあります。けれども、話が具体的になるにつれて、「でも、やっぱり手元に置いておかないと不安で」と、言葉が続くことも少なくありません。

頭では分かっていても、手放せない。これは、とても自然なことです。今回は、財産を「持ち続けること」と「渡すこと」について考えてみたいと思います。

目次

手放せないのは、不安があるから

財産を手放せない理由の多くは、欲ではなく不安です。

  • 病気や介護で、お金がかかるかもしれない
  • 子どもに渡したら、自分のことを見てくれなくなるかもしれない
  • 長年かけて築いたものが、なくなってしまう気がする

どれも、もっともな気持ちです。老後のお金は、自分の暮らしを守るために必要なものです。無理に手放す必要はありません。

ただ、ここで一度考えてみていただきたいのは、「全部を最後まで持ち続けること」が、本当に自分の安心につながっているか、ということです。

持ち続けた財産が、家族を苦しめることもある

たとえば、こんな方を思い浮かべてみてください。

「子どもたちに残してやりたい」と、こつこつ預金をしてきた父親。最後まで財産のことは誰にも話さず、遺言も書きませんでした。

父親が亡くなったあと、子どもたちは通帳の場所も、どこの銀行に口座があるのかも分からず、何か月も手続きに追われました。さらに、遺産の分け方をめぐって話し合いがまとまらず、きょうだいの関係がぎくしゃくしてしまいました。

父親が残したかったのは、お金そのものではなく、子どもたちの幸せだったはずです。けれども、何も準備をしないまま持ち続けたことで、かえって子どもたちを苦しめる結果になってしまいました。

「生きているうちに渡す」という選択

財産を「最後まで持ち続ける」のではなく、「生きているうちに、少しずつ渡す」という選択もあります。

生きているうちに渡すことの良さは、受け取った人の喜ぶ顔を、自分の目で見られることです。「孫の学費の足しに」「家を建てる頭金に」と渡したお金が、実際に役に立っているのを見届けられるのは、亡くなったあとに渡す財産にはない喜びです。

生前贈与の基本

個人から財産をもらった人には、1年間にもらった額が110万円を超えると、贈与税がかかります(暦年課税の基礎控除)。

ただし、2024年1月1日以後の贈与からは、亡くなる前の一定期間(段階的に最長7年)に相続人などへ贈与した財産は、相続税の計算に加えられるように変わりました。くわしくは生前贈与の新ルールの記事をご覧ください。

教育資金・住宅資金の非課税の特例

孫の教育資金や、子や孫の住宅の購入資金には、一定の条件のもとで贈与税がかからない特例があります。適用の期限や条件が改正で変わることが多いため、使う前には税理士や税務署に最新の情報を確認してください。

社会に渡すという選択(寄付)

家族だけでなく、お世話になった地域や団体、社会のために財産を役立てたいと考える方もいらっしゃいます。

  • 遺言で、寄付先の団体に財産を遺贈することができます。
  • 相続人が、相続した財産を相続税の申告期限までに国や地方公共団体、一定の公益法人などに寄付した場合、その財産には相続税がかからない特例があります(租税特別措置法70条)。
  • 不動産や株式などを法人に遺贈する場合は、亡くなった方に所得税がかかることがあります(所得税法59条)。寄付先が不動産を受け取らない場合もありますので、事前に寄付先と税理士に確認することが大切です。

「手放す」と、心が軽くなる

財産を渡すことは、何かを失うことのように感じるかもしれません。けれども、実際に準備を終えた方からは、「肩の荷が下りた」というお声をよく耳にします。

それは、財産を減らしたからではなく、「この財産を、誰のために、どう役立てるか」を自分で決められたからだと思います。持っているものに縛られるのではなく、持っているものの行き先を自分で決める。そこに、本当の安心があるのではないでしょうか。

大切なのは、全部を手放すことではありません。

  • 自分の暮らしに必要なお金は、しっかり手元に残す
  • それ以外の財産について、「誰に、いつ、どう渡すか」を考える
  • 決めたことは、遺言や贈与の契約書など、法的な形にしておく

この三つを整えるだけで、財産は「不安のもと」から「想いを届ける手段」に変わります。

よくあるご質問

子どもに生前贈与をしたら、介護をしてもらえなくなりませんか?

そうした心配をされる方は少なくありません。一度に全部を渡すのではなく、少しずつ渡す、自分の生活に必要な分は手元に残す、といった工夫ができます。判断能力が衰えたときに備えて、任意後見や家族信託を組み合わせる方法もあります。

生前贈与と遺言は、どちらがよいのですか?

どちらか一方ではなく、組み合わせて考えるのがおすすめです。生前贈与は相手の喜ぶ顔を見られる良さがあり、遺言は最後まで自分の財産を持ち続けながら、行き先を決めておける良さがあります。

寄付をしたいのですが、家族に反対されないか心配です。

配偶者や子には遺留分がありますので、その範囲に配慮した寄付の額にすることが大切です。付言事項で、なぜ寄付をしたいのかという想いを伝えておくと、家族の理解も得やすくなります。

おわりに

財産は、持っていけません。けれども、財産に込めた想いは、渡し方しだいで、家族や社会の中に長く残っていきます。

「何から考えればいいのか分からない」という段階でも構いません。当事務所では、財産の渡し方を、ご本人のお気持ちに寄りそいながら一緒に考えています。

出典・参考

  • 民法1042条(遺留分)(e-Gov法令検索)
  • 租税特別措置法70条(国等に対して相続財産を贈与した場合等の相続税の非課税等)、所得税法59条(贈与等の場合の譲渡所得等の特例)
  • 国税庁 No.4161 贈与財産の加算と税額控除(暦年課税)
代表司法書士・行政書士 今井 康介

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