同じ遺言でも、相続のあと仲が続く家族と離れる家族 — 司法書士が考える「感謝」の力

同じ遺言でも、相続のあと仲が続く家族と離れる家族 — 司法書士が考える「感謝」の力

相続でもめるかどうかは、家族の仲の良し悪しよりも、財産の形と準備で決まる。以前、「仲がいいから遺言はいらない」が一番揉める理由という記事で、そうお伝えしました。

遺言があれば、遺産分割の話し合いをしなくても、手続きは進められます。法律の面では、それで「解決」です。

けれども、手続きが終わったあとも、きょうだいがお盆やお正月に集まれるかどうか。これは、遺言だけでは決まりません。今回は、その分かれ目について考えてみたいと思います。

目次

手続きは終わっても、気持ちは終わらない

たとえば、こんな二つの家族を思い浮かべてみてください。

どちらも、母親が「自宅は、同居して介護をしてくれた長女に」という遺言を残していました。財産の内容も、ほとんど同じです。

一つめの家族では、長男と次男が「姉さんが一番大変だったから、当然だよ」と言い、手続きが終わったあとも、母親の法要にはきょうだいがそろいます。

二つめの家族では、手続きこそ遺言どおりに終わりましたが、長男が「なぜ姉だけが」という思いを抱えたまま、きょうだいの行き来はほとんどなくなってしまいました。

二つの家族の違いは、どこにあったのでしょうか。

分かれ目は「当たり前」と「ありがとう」

私が見てきたなかで感じるのは、相続のあとも関係が続く家族には、「感謝」が言葉になっていることが多い、ということです。

  • 亡くなった方が、遺言の付言事項で「長女の介護に本当に感謝している」と書き残している
  • 財産を受け取る人が、ほかのきょうだいに「ありがとう」と伝えている
  • 受け取らなかった人が、介護をしてくれた人に「おつかれさま」と言える

反対に、関係が切れてしまう家族では、介護も、財産を受け取ることも「当たり前」になっていることがあります。介護をした人は「やって当然と思われている」と感じ、財産を受け取れなかった人は「受け取って当然と思っている」と感じる。お互いの「当たり前」が、少しずつ心の距離を広げていきます。

感謝は、心の健康にもつながる

感謝については、心理学でも研究が重ねられています。

アメリカの心理学者エモンズとマカラーは、参加者に「感謝していること」を書き出してもらうグループと、「わずらわしかったこと」などを書き出してもらうグループに分けて、気持ちの変化を比べる研究を行いました(2003年)。その結果、感謝を書き出したグループは、すべての項目ではないものの、いくつかの面で幸福感が高まっていました。特に、前向きな気持ちが高まるという結果が、もっともはっきり出ています。

感謝は、相手のためだけのものではありません。感謝を言葉にする人自身の心も、穏やかにしてくれるのです。

感謝を「形」にする法律の仕組み

気持ちを伝えるのは、言葉だけではありません。法律にも、感謝を形にする仕組みがあります。

遺言で、感謝の相手に財産を残す

介護をしてくれた子や、身の回りの世話をしてくれた人に多めに財産を残したいときは、遺言で決めておくのが一番確実です。ただし、ほかの子にも最低限の取り分(遺留分)がありますので、その点に配慮して内容を決めることが大切です(民法1042条)。

付言事項で、理由と気持ちを伝える

遺言の最後には、「なぜこの分け方にしたのか」「家族にどんな気持ちでいるのか」を書ける付言事項という部分があります。法的な効力はありませんが、理由が分かるだけで、受け取れなかった人の気持ちが落ち着くことは少なくありません。書き方は付言事項とは?遺言で家族へ想いを伝える書き方と文例でくわしくご紹介しています。

遺言がなくても、介護した人が報われる仕組み

遺言がない場合でも、親の介護などで財産の維持に特別な貢献をした相続人は、「寄与分」として多めに受け取れることがあります(民法904条の2)。

また、長男の妻のように相続人ではない親族が、無償で介護などを行った場合には、相続人に対して「特別寄与料」を請求できる制度があります(民法1050条)。ただし、相続の開始と相続人を知った時から6か月以内、または相続の開始から1年以内に請求しなければなりません。

介護と相続の関係は、「介護を頑張ったから多くもらえる」は誤解?でもくわしくお伝えしています。

今日からできる、小さな一歩

感謝は、亡くなったあとに遺言で伝えるだけのものではありません。むしろ、元気なうちに伝えておくほうが、ずっと多くのものを残せます。

  • 介護をしてくれている家族に、「ありがとう」と口に出して伝える
  • 親から受けてきたことを、一度紙に書き出してみる
  • 遺言を書くときは、財産の分け方だけでなく、感謝の言葉も添える

小さなことですが、こうした積み重ねが、相続のあとも家族が集まれる関係を支えてくれます。

よくあるご質問

遺言で介護をしてくれた子に多めに残すと、ほかの子ともめませんか?

ほかの子にも遺留分があるため、その範囲を下回ると、請求を受けることがあります。遺留分に配慮した分け方にすること、付言事項で理由と気持ちを伝えることで、もめる可能性を小さくできます。

嫁が義理の親を介護しても、何ももらえないのですか?

相続人ではないため、遺産を相続することはできません。ただし、無償で介護などを行った場合には、相続人に対して「特別寄与料」を請求できる制度があります(民法1050条)。請求には期限がありますので、早めにご相談ください。生前に遺言で財産を残してもらう方法もあります。

付言事項に感謝の言葉を書けば、遺留分を請求されなくなりますか?

付言事項に法的な効力はないため、請求を止めることはできません。ただ、気持ちが伝わることで、請求をしないと決める方もいらっしゃいます。

おわりに

遺言は、財産の分け方を決める書類です。けれども、その奥にあるのは、家族への想いです。

「ありがとう」の一言は、法律の書類よりも長く、家族の心に残ります。手続きの準備とあわせて、感謝の言葉の準備も始めてみませんか。

当事務所では、遺言の内容だけでなく、付言事項に込めたいお気持ちも一緒に考えながら、お手伝いをしています。

出典・参考

  • 民法904条の2(寄与分)、1042条(遺留分)、1050条(特別の寄与)(e-Gov法令検索)
  • Emmons, R. A., & McCullough, M. E. (2003). Counting blessings versus burdens. Journal of Personality and Social Psychology, 84(2), 377–389.
代表司法書士・行政書士 今井 康介

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