※本記事は2026年10月時点の民法に基づく一般的な解説です。
相続のご相談を受けていると、「うちは無宗教だから、特に決まりごとはないんです」という言葉をよく耳にします。けれども、くわしくお話を伺っていくと、お正月には初詣に行き、お盆にはお墓参りを欠かさない。そんな、日本人らしい「感謝や敬いの文化」を大切にされている方がほとんどです。
実は、この「信心はあるけれど、特定の決まり(教義)はない」という日本独特の「無宗教」の感覚が、相続の場面では思わぬ落とし穴になることがあります。はっきりしたルールがないからこそ、いざ相続が起きたときに「お墓は誰が継ぐのか」「法要はどうするのか」の判断基準があいまいになり、ご家族の意見が食い違ってしまうのです。
「形式にはこだわらない」という優しさが、かえって残された家族を迷わせてしまわないように。この記事では、遺言書に添える「付言事項(ふげんじこう)」を中心に、私たちが大切にしてきた「祈りの心」や家族への想いを、どう言葉にして次の世代へ託すかをお伝えします。
この記事でわかること
- 日本人の「無宗教」と、相続で起きやすいすれ違い
- 付言事項とは何か、どこまで効力があるのか
- 付言事項の書き方と、そのまま参考にできる文例
- 付言事項を書くときに気をつけたいこと
日本人の「無宗教」は「無関心」ではない
日本人がよく口にする「無宗教」という言葉。これは、神仏やご先祖さまに「無関心」という意味とは少し違います。
欧米の宗教が、神さまとの「契約」や、はっきりした「教義への同意」を意味するのに対し、日本の宗教観はもっと「生活習慣」に近いものだからです。「この教えを信じているから」という理屈ではなく、「お正月だから」「お彼岸だから」「なんとなく落ち着くから」という感覚で、私たちは自然と手を合わせています。
「祈りの場」は、心の支えになる
人は誰しも、老いや病、大切な人との別れといった、自分の力ではどうにもならない出来事に向き合います。法律や理屈だけでは割り切れない、心にぽっかり空いた穴。その空白を埋めるために、私たちは無意識のうちに「祈りの場」を求めています。
亡くなった方に手を合わせ、線香をあげる。お墓の前で近況を報告する。こうした行いは、特定の宗教を信じているかどうかにかかわらず、残された人が心を整え、悲しみを乗り越えていくための大切な時間(グリーフケア)として役立ってきました。「祈る」ことは弱さの表れではなく、前を向いて生きていくための「心の知恵」なのだと私は考えています。
「信仰心がない」は「粗末にしていい」ではない
「うちは信仰心がないので」とおっしゃる方でも、「だからお墓も仏壇も処分してしまっていい」と考えている方は、ほとんどいらっしゃいません。
むしろ、「熱心な信徒ではないけれど、ご先祖さまに失礼のないようにしたい」「きちんとした形で供養は続けたい」という、静かで強い想いをお持ちの方が大半です。
つまり、日本人の多くは「無宗教(特定の教団に属さない)」であっても、決して「無信仰(敬う心がない)」ではないのです。ただ、この「言葉にしにくい敬意」だけに支えられた今のあり方は、現代の家族の形の中では、少しずつ難しくなってきています。
「心」はあっても「形」がない、現代の危うさ
かつての日本では、お墓や仏壇、そして祭祀(さいし:ご先祖さまをおまつりすること)は、「長男が継ぐもの」という暗黙のルールがありました。戦前の民法には家督相続(かとくそうぞく)という制度があり、お墓や仏壇などは家を継ぐ人が引き継ぐと法律で定められていました。戦後の民法改正でこの制度はなくなりましたが、「誰が引き受けるかは、言わなくても決まっている」という感覚は、その後も長く残ってきました。
今は違います。子どもたちは原則として平等に遺産を相続しますし、暮らし方も多様になりました。「長男だから実家に残る」とは限らず、遠方に住んでいたり、マンション暮らしで大きな仏壇を置けなかったりと、昔のルールが通用しないのが当たり前になっています。
「言わなくてもわかる」は、もう通じない
ここに、親世代と子世代の大きなすれ違いが生まれます。
親世代は、「自分が親の背中を見て自然に覚えたように、子どもたちもやってくれるだろう」「きょうだいで話し合って、うまくやってくれるはずだ」と考えがちです。一方で、子世代は「やり方がまったく分からない」「お寺とのお付き合いが分からず不安」「維持費やお布施が負担にならないか」といった心配を抱えていることがあります。
親が込めた「信頼」が、準備のない子どもたちにとっては「重荷」や「戸惑い」になってしまうことがあるのです。
「形式にこだわらない」が生む空白
特に注意したいのが、「うちは無宗教だから、形式にはこだわらなくていいよ」という言葉です。「子どもたちに負担をかけたくない」「自由にやってほしい」という優しさから出る言葉でしょう。
けれども、この言葉は裏を返せば「誰が何をするのか、何も決まっていない」という空白を生みます。いざというときに「誰が喪主を務めるのか」「誰がお墓を引き継ぐのか」「法要の費用は誰が出すのか」が決まっていないため、誰も動けずに立ち尽くしてしまったり、「長男がやるべきだ」「いや、実家に近い人がやるべきだ」と押し付け合いになったりするおそれがあります。
「心」はあるのに、それを受け止める「形」がない。これが、現代の相続でいちばん危ういところだと私は感じています。
お墓や仏壇を託す人は、遺言の本文で指定できる
お墓や仏壇、位牌などの「祭祀財産(さいしざいさん)」は、預貯金や不動産とは別のルールで引き継がれ、遺産分割の話し合いの対象にはなりません。引き継ぐのは「祭祀承継者(さいししょうけいしゃ)」と呼ばれる人で、亡くなった方が指定していれば、その人が引き継ぎます(民法897条)。
ですから、遺言書の本文に「祭祀を主宰すべき者として、長男の山田一郎を指定する」と書いておけば、誰が引き継ぐかで迷うことはなくなります。祭祀承継者の決まり方や、葬儀・納骨の希望の残し方は、次の記事でくわしく解説しています。

ただ、ここで一つ問題があります。「祭祀承継者は長男とする」「全財産を妻に相続させる」といった法律の言葉だけで書かれた遺言書は、受け取る側にとても事務的で、冷たい印象を与えてしまうことです。
いきなり「お墓を継ぐように」と書かれた紙を渡されたら、指名されたご家族はどう感じるでしょうか。「義務を押し付けられた」と感じるかもしれませんし、「なぜ自分が」と不満に思うかもしれません。法的な効力はあっても、心の納得が得られなければ、家族の関係がぎくしゃくしてしまうおそれがあります。
そこで力を発揮するのが、「付言事項」です。
付言事項とは?遺言に添える「家族への手紙」
付言事項とは、遺言書の最後に付け加える「家族への手紙」のような部分です。財産の分け方などを定める本文とは別に、感謝の言葉や、遺言の内容をそう決めた理由、これからの家族への願いなどを、自由に書くことができます。
私が付言事項を強くおすすめしているのは、「なぜそうしてほしいのか」「どんな気持ちでいるのか」という言葉が添えられているだけで、遺言書が単なる「財産処分の指示書」から「家族への最後のラブレター」に変わるからです。「お父さんはこう考えていたんだな」「お母さんの願いなら叶えてあげよう」。そう家族が納得して動けるようにすることこそが、本当の意味でのトラブル予防だと考えています。
付言事項に法的な効力はない
大切な点として、付言事項には法的な強制力がありません。遺言で法的な効力が生じるのは、財産の承継先や遺言執行者の指定、祭祀承継者の指定など、法律で決められた事項(遺言事項)に限られます。
付言事項に書いたことに、相続人が従う法的な義務はありません。逆に、付言事項を書いたことで遺言が無効になることもありません。
| 書く場所 | 書く内容の例 | 法的な効力 |
|---|---|---|
| 遺言の本文(遺言事項) | 誰にどの財産を引き継ぐか、遺言執行者の指定、祭祀承継者の指定など | あり |
| 付言事項 | 感謝の気持ち、遺言の理由、葬儀や供養の希望、家族への願いなど | なし(気持ちを伝えるもの) |
効力を持たせたいことは、必ず本文に書きます。付言事項は「本文の内容を、家族が気持ちよく受け止めるための添え書き」と考えるとよいでしょう。
自筆証書遺言でも公正証書遺言でも書ける
付言事項は、ご自身で書く自筆証書遺言にも、公証役場で作る公正証書遺言にも入れることができます。公正証書遺言の場合は、公証人に伝えて文面に入れてもらいます。
自筆証書遺言の場合、付言事項も含めて全文・日付・氏名を自分で書き、印を押す必要があります(民法968条1項)。財産目録だけは、パソコンで作ったものや通帳のコピーを使うこともでき、その場合は目録の各ページに署名と押印をします(同条2項)。
なお、2026年6月に遺言制度を見直す改正法(令和8年法律第45号)が成立しました。自筆証書遺言の押印を不要とする見直しは公布から1年以内に、パソコンなどで作成して法務局に保管する新しい方式(保管証書遺言)は公布から3年以内に、政令で定める日から始まる予定です。2026年10月時点ではいずれも施行前のため、今作る遺言は現在のルール(押印も必要)で作ります。
付言事項の書き方と文例
付言事項に決まった書き方はありません。ただ、次の流れを意識すると、気持ちが伝わりやすくなります。
- 家族への感謝
- 遺言の内容をそう決めた理由
- お墓や供養、葬儀についての考え
- これからの家族への願い
文例はあくまで参考です。ご自身の言葉で書くことがいちばん大切です(人名は架空です)。
遺言の内容を決めた理由を伝える文例
自宅は、同居して私たちの暮らしを支えてくれた長女の花子に引き継いでもらうことにしました。次男の次郎には少なく感じられるかもしれませんが、学費の援助など、これまでにできる限りのことをしてきたつもりです。どうか私の気持ちを汲んで、二人で仲良く支え合ってください。
お墓を託す人を選んだ理由を伝える文例
お墓と仏壇を長男の一郎に託すのは、実家から近く、いちばん無理なく管理ができると思ったからです。決して負担を押し付けるつもりではありません。法要の費用などに充ててほしいという思いから、預金の一部を一郎に多めに遺すことにしました。
供養の仕方についての想いを伝える文例
お寺とのお付き合いや、立派な法要はしなくて構いません。ただ、お盆やお正月には、みんなで集まって食事をしてくれたら、それがいちばんの供養です。
宗教観や葬送の希望を伝える文例
特定の宗教の形式にはこだわらず、海に散骨してほしいと思っています。お墓は持たなくてよいので、その分のお金は孫たちのために使ってください。
葬儀や散骨などの希望は、付言事項に書いても強制力はありません。また、遺言書は亡くなってからしばらくして開かれることも多く、葬儀に間に合わないことがあります。確実に実現したい場合は、生前に家族へ伝えておくことや、死後事務委任契約を組み合わせることを検討しましょう。くわしくは、次の記事をご覧ください。

付言事項を書くときに気をつけたいこと
本文と食い違うことを書かない
付言事項に本文と違う内容を書くと、どちらが本心なのか分からず、かえって争いのもとになります。財産の分け方は本文に、気持ちは付言事項に、と役割を分け、内容が食い違わないようにしましょう。
「遺留分を請求しないで」は、お願いにとどまる
配偶者や子などには、法律で最低限の取り分(遺留分)が認められています(民法1042条)。付言事項に「遺留分の請求はしないでほしい」と書いても、それは気持ちを伝えるお願いにとどまり、請求する権利そのものを奪うことはできません(民法1046条)。遺留分については、次の記事で解説しています。

それでも、理由を丁寧に伝えることで、家族が請求を思いとどまってくれる助けになることはあります。だからこそ、付言事項では「なぜそう決めたのか」を誠実に書くことが大切です。
誰かを責める言葉は避ける
特定の家族への不満や非難を書くと、最後の言葉として重く残り、家族の関係を深く傷つけてしまうことがあります。伝えたいことがあっても、感謝や願いの形に置きかえて書くことをおすすめします。
気持ちが変わったら、遺言ごと書き直す
付言事項も遺言の一部です。内容を変えたいときは、遺言の方式に従って書き直します(民法1022条)。エンディングノートに気持ちを書き足していく方法もありますが、エンディングノートには遺言としての効力がない点に注意が必要です。

生前対策は「自分の死」のためではなく「残された家族」のために
日本では、親が元気なうちに死後の話や葬儀の話をすることを、「縁起でもない」と避ける傾向がまだ根強くあります。「死ぬ準備なんてしたくない」「家族が暗い気持ちになる」と、話題を変えてしまう方も多いのではないでしょうか。
けれども、司法書士として多くのご家族を見守ってきた経験から申し上げると、「死」や「家の宗教観」について話し合うことは、決してタブーではありません。むしろ、ご自身が元気で判断力があるうちに「わが家の方針」を決めておくことこそが、残される家族への最大の思いやりなのです。
決断の「荷下ろし」をしてあげる優しさ
人が亡くなった直後、残された家族は深い悲しみの中にいます。その混乱の中で、「葬儀はどうするか」「お墓はどうするか」「誰に連絡するか」といった、いくつもの大事な決断を短い期間で迫られます。
もし、このとき故人の意思がまったく見えなかったらどうなるでしょうか。「盛大にしてほしかったのか、質素でよかったのか」「お墓は残したいのか、墓じまいしてほしいのか」。正解のない問いに悩み、子どもたちが精神的に追い詰められたり、意見の違いからきょうだいげんかになってしまったりすることがあります。
「私のときはこうしてほしい」「お墓はこう考えている」という指針を、遺言やエンディングノートで示しておくこと。それは、悲しみの中にいる家族から「決断の重荷」を下ろしてあげることにほかなりません。
日本人にとっての「最高の終活」とは
「終活」というと、不用品を片付けたり、財産目録を作ったりすることばかりが注目されがちです。けれども、本当の意味での「良い終活」は、事務的な整理だけではありません。
自分がいなくなった後も、子どもたちが争うことなく、お盆やお彼岸には笑顔で集まり、迷わずお墓参りができる。「お父さんはこう言っていたね」「お母さんの希望どおりにできたね」と、家族が安心して故人をしのべる環境をつくること。
これこそが、日本人が大切にしてきた「徳」であり、人生を締めくくるにあたっての最高の「終活」ではないでしょうか。お金をたくさん残すこと以上に、「揉めない安心」を残すこと。それが、親が子にできる最後の教育であり、贈り物だと私は考えています。
よくあるご質問
- 付言事項には法的な効力がありますか?
-
ありません。付言事項は家族への気持ちや遺言の理由を伝えるためのもので、相続人がそのとおりにする法的な義務は生じません。財産の分け方や祭祀承継者の指定など、効力を持たせたいことは遺言の本文に書く必要があります。
- 付言事項は、どのくらいの長さで書けばよいですか?
-
長さに決まりはありません。長すぎると本文の趣旨が伝わりにくくなることもあるため、感謝・理由・願いを中心に、読み手が一度で受け止められる分量を目安にするとよいでしょう。
- 公正証書遺言にも付言事項を入れられますか?
-
入れられます。公証人に伝えたい内容をお伝えし、文面に入れてもらいます。どんな言葉で書くか迷うときは、作成前に司法書士などの専門家と一緒に整理しておくと安心です。
終わりに:「祈り」を「安心」に変えるために
特定の教義は持たないけれど、静かに手を合わせる。私たちが大切にしてきた、この美しい「祈りの文化」は、理屈や損得を超えた家族の絆そのものです。この温かい文化を、複雑な現代社会の中でも絶やすことなく、次の世代へきれいにバトンタッチしていくために、ぜひ「法律の知恵」を使っていただきたいと願っています。
私たち司法書士の仕事は、遺言書という「書類」を作ったり、不動産の名義を変える「手続き」を代行したりするだけではありません。その書類の奥にある「家族への感謝」「これからも仲良くしてほしいという願い」「ご先祖さまを大切にしたいという想い」を汲み取り、いちばんふさわしい形で未来へつなぐお手伝いをすること。それこそが、専門家としての本来の役割だと考えています。
「うちは無宗教だけど、お墓のことはきちんとしておきたい」
「子どもたちに負担をかけずに、自分の想いを残すにはどうしたらいいの?」
もし、そんなふうに迷われたら、一人で抱え込まずに、西宮北口のシアエスト司法書士・行政書士事務所へお気軽にご相談ください。法律の知識と、地域のかかりつけ医のような目線で、あなたとご家族にとって「いちばん幸せな形」を一緒に考えます。
遺言を書く意味や、当事務所が大切にしている考え方は、次の記事でもお伝えしています。


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ご興味のある方は、ぜひ併せてご覧ください。

