※本記事は2026年10月時点の情報に基づいて解説しています。
日頃、相続や成年後見、生前対策のご相談をお受けしていると、お客様との会話は「手続きの話」だけでは終わりません。ふとした瞬間に、「定年してから、何のために生きているのか分からなくなる時がある」「残りの人生、どう過ごせばいいのか迷っている」といった、深い迷いや不安を打ち明けてくださることがあります。
法律家には関係のない悩みのように思えるかもしれません。けれども、多くのご家族の手続きに立ち会ってきた私は、こう確信しています。
遺言や後見といった法的な「終活」は、単なる事務手続きではありません。これまでの人生を振り返り、ご自身の想いを整理することで、「生きる意味」をあらためて確かめる作業そのものなのです。
この記事では、心理学の研究と司法書士としての実務の実感を交えながら、幸福な老後と法的な備えの意外な関係についてお話しします。なお、心理学は私の専門外のため、研究の紹介は出典を確かめられたものに限り、私自身の考えとは書き分けるようにしています。
「生きる意味」は心理学でも研究されています
「人生の意味」と聞くと、哲学の難問のように思えるかもしれません。しかし心理学では「Meaning in Life(人生の意味)」というテーマで、データにもとづく研究が積み重ねられてきました。
- 「人生に意味があると感じているか」を測る質問紙を使った148の研究をまとめた分析では、人生に意味を感じている人ほど、幸福感や生活の満足度が高い傾向が見られました(Liら、2020年)。
- 49の研究をまとめた別の分析では、人生の意味を感じていることと、健康状態の自己評価のよさや健康的な生活習慣との間に、つながりがあることが報告されています(Czekierdaら、2017年)。
ただし、これらは「関係がある」ことを示した研究です。「意味を感じれば必ず幸せになる・健康になる」という因果関係までが証明されたわけではありません。
世界の研究にも登場する日本の「生きがい(ikigai)」
この分野で、私たち日本人になじみ深いのが「生きがい」という言葉です。東北大学が宮城県の約4万3千人を7年間追跡した「大崎研究」では、「生きがいがある」と答えた人に比べて、「生きがいがない」と答えた人は、亡くなるリスクが約1.5倍高かったと報告されています(Soneら、2008年)。英語の論文の題名にも「ikigai」という言葉がそのまま使われています。
ハンセン病療養所・長島愛生園で精神科医として患者さんに向き合った神谷美恵子は、著書『生きがいについて』(1966年)で、生きがいを深く掘り下げました。神谷は、「この子は私の生きがいです」というときの生きがいの「対象」と、生きがいを感じている心の状態とを区別し、後者を「生きがい感」と呼んでいます。そして生きがい感を、理屈より先に湧き上がってくる、生き生きとした喜びのようなものとして描きました。
生きがいとは、立派な目標を掲げることだけではなく、日々の小さな喜びや、「誰かの役に立っている」という実感の積み重ねの中にあるもの。私は神谷の生きがい論を、そのように受け止めています。
幸せを支えるのは「人とのつながり」
人とのつながりが幸せや健康を支えることは、海外の長期研究でも示されています。1938年から80年以上続くハーバード大学の「成人発達研究」では、親しい人間関係の質が、お金や名声、社会的な階層、IQ、遺伝よりも、長く健康で幸せな人生をよく予測していたと報告されています。50歳の時点で人間関係にいちばん満足していた人たちが、80歳で最も健康だったという結果も紹介されています。
【研究から見えてくること】
人は、誰かとのつながりや、誰かの役に立っているという実感の中で、生きる意味を感じやすいようです。
つまり、人生の意味とは、自分ひとりの頭の中でひねり出す「答え」ではなく、他者との関わり合いの中で生まれる「感覚」なのだと思います。
司法書士が見た「意味」を見つけた人たちの共通点
心理学の研究結果は、私が日々の実務で感じていることと驚くほど重なります。
遺言書の作成や家族信託の契約を無事に終えられたお客様は、皆さま「憑き物が落ちたような」晴れ晴れとした表情をされます。
「これでいつお迎えが来ても大丈夫。あとは残りの人生を楽しむだけです」
「ずっと気掛かりだった子供たちのことが片付いて、本当にスッキリしました」
書類を作り終えただけで、なぜこれほど安心し、前向きになれるのでしょうか。私は、法的な手続きを通じて、次の2つを実現できたからだと考えています。
- 家族への責任(役割)を果たしたという実感
- 自分の想いを形として残せたという達成感
法的な備えを整えることは、将来の不安を消すだけの作業ではありません。「自分は家族のためにこれをやった」という自信が生まれ、自分の人生を肯定する作業そのものになるのです。
「生きる意味」を形にする3つの法的な備え
「生きる意味」というと、雲をつかむような話に聞こえるかもしれません。けれども、法的な備えを通じて、それを具体的な行動に落とし込むことができます。
ここでは、意味を感じるもとになるものを「人とのつながり」「自分で決めること」「次の世代への貢献」の3つに分けて、司法書士としてご提案できる備えをご紹介します。
① 遺言書:想いを受け継ぐ(つながり)
遺言書は、財産の分け方を決めるだけのものではありません。「付言事項(ふげんじこう)」というメッセージ欄を使えば、ご自身の価値観や家族への感謝を言葉で残すことができます。
付言事項そのものに法的な拘束力はありません。それでも、分け方を決めた理由や家族への想いが添えられていることで、残されたご家族が遺言の内容を受け止めやすくなります。
- 心の面での意味:「自分は家族を愛し、愛されていた」という、つながりの実感を確かめられます。大切にしてきた価値観を言葉にすることで、心のバトンを次の世代に渡すことができます。
なお、遺言の制度は、2026年6月に成立した改正法(民法等の一部を改正する法律・令和8年法律第45号)で、パソコンなどで作成して法務局に保管する「保管証書遺言」の新設や、押印を不要とする見直しが決まっています。ただし、2026年10月時点ではまだ施行されていません(押印の見直しなどは公布から1年以内、保管証書遺言は3年以内に施行される予定です)。今、遺言を作るときは、これまでどおりの方式で作成します。

② 任意後見・死後事務委任:最後まで自分で決める(自己決定)
任意後見契約は、認知症などで判断能力が衰えたときに備えて、生活や財産の管理を任せる人とその内容を、元気なうちに自分で決めておく契約です(公正証書で作成します)。死後事務委任契約では、亡くなった後の葬儀や納骨の方法などを、信頼できる人に頼んでおくことができます。
- 心の面での意味:「最後まで自分らしく生き抜く」と覚悟を決めることは、自分の人生を自分で選び取るという意味を確かなものにします。誰かに迷惑をかける不安を減らし、人生の幕引きを自分で整える尊厳を守ります。
成年後見制度も、同じ改正法で見直しが決まっています(後見・保佐を補助に一本化するなど。任意後見の制度にも一部見直しがあります)。施行は公布から2年6か月以内に政令で定める日とされ、2026年10月時点ではまだ施行されていません。
③ 家族信託:次の世代に役立てる(貢献)
家族信託は、ご自身の財産を信頼できる家族に託し、次の世代(子や孫)のために管理・活用してもらう仕組みです。たとえば、「孫の教育資金として使ってほしい」「障がいのある子の生活を守ってほしい」といった設計ができます。
- 心の面での意味:自分の財産が未来の誰かの役に立つという、社会への貢献の実感が得られます。「自分の人生は、次の世代の土台になった」という確信は、深い幸福感をもたらします。
「生きがい」としての家族会議
研究が示すように、生きがいは大きな目的だけでなく、小さな役割や人とのつながりの中にもあります。
そこで私がご提案したいのが、法的な手続きの前の段階で行う「家族会議」です。
難しい法律用語を並べる場ではありません。「これからの人生をどう過ごしたいか」「どんな不安があるか」を、家族と分かち合う時間です。
- つながりの再確認:普段は離れて暮らすお子さんやお孫さんと、これからのことを話す時間は、孤立感をやわらげ、「自分は家族の一員である」という実感をもたらします。
- 役割の発見:「お父さんの経験を教えてほしい」「お母さんの味を残したい」といった会話から、家族の中での新たな役割が見つかることもあります。
法的な備え(遺言や信託)は、家族会議で話し合われた「想い」を形にするための手段にすぎません。大切なのは、書類を作ることそのものではなく、その過程で生まれる「家族との対話」にあるのです。
よくある質問
- 「生きる意味が分からない」と感じるのは、おかしいことですか?
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おかしいことではありません。ご自身の人生を真剣に考え、より良く生きたいと願っているからこそ生まれる迷いだと私は考えています。ただし、気分の落ち込みや眠れない日が長く続くときは、ひとりで抱え込まず、かかりつけ医や心療内科、お住まいの地域の精神保健福祉センターなどに相談してください。
- 遺言の「付言事項」には、どんなことを書けばよいですか?
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財産の分け方を決めた理由、家族への感謝、葬儀や納骨についての希望などを書くことができます。法的な拘束力はないため、確実に実現したいことは遺言の本文に書きます。特定の家族を責めるような書き方は、かえって争いの種になるので避けましょう。
- 終活は、何から始めればよいですか?
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まずは「これからどう過ごしたいか」「何が気がかりか」を書き出し、ご家族と話してみることから始めるのがおすすめです。そのうえで、想いを形にするには遺言・任意後見・家族信託のどれが合うのかを、専門家と一緒に整理すると進めやすくなります。
まとめ:手続きの先に「安心」と「意味」がある
「生きる意味が分からない」という悩みは、決してネガティブなことではありません。それは、ご自身の人生を真剣に考え、より良く生きたいと願っている証拠だからです。
生きる意味は、どこか遠くに探しに行くものではなく、日々の備えや家族との対話の中で、ふと実感するものなのかもしれません。
遺言や後見、家族信託といった法的な手続きを、単なる事務処理としてではなく、「ご自身の人生の集大成」として捉えてみてください。そこには必ず、あなただけの「生きる意味」が隠されています。
西宮北口のシアエスト司法書士・行政書士事務所は、法律の専門家として、そして人生の伴走者として、あなたの想いを形にするお手伝いをいたします。「まだ何も決まっていない」という段階でも構いませんので、どうぞお気軽にご相談ください。


