
※本記事は2026年10月時点の情報に基づいて解説しています。
「父は『まだ自分でやれる。もしぼけたら、そのときは頼む』と言うんです。認知症になったら始まる家族信託、というのは作れるんでしょうか。」
家族信託のご相談で、とてもよく伺うお話です。
親御さんにとって、ご自分の財産を自分で見られるうちは、自分で見たい。それはごく自然なお気持ちです。お子さんの側も、元気な親から通帳を預かるのは気が引けるものですよね。
先に結論をお伝えします。
「認知症になったら始まる」家族信託は、法律上は作ることができます。 ただ、肝心のそのときに思いどおりに動かないおそれがあり、私はあまりお勧めしていません。多くのご家庭では、最初から信託を始めて、親御さんを「主役」のままにしておく形のほうが、ご希望に近づけると考えています。
この記事では、その理由と、代わりの方法をやさしくお話しします。
結論:作れます。でも、おすすめしにくい理由があります
家族信託は、親(委託者)が財産の名義を子(受託者)に預けて管理してもらい、その財産から生まれる利益を受け取る人(受益者)を決めておく仕組みです。
ふつうの家族信託は、契約を結んだときから始まります(信託法4条1項)。
ところが信託法には、「条件がそろったら始まる」「この日が来たら始まる」という形も認める条文があります(信託法4条4項)。ですから、「認知症になったら始まる信託」を契約書に書くこと自体は、法律上できるのです。
それでも私がおすすめしにくいのは、次の3つの心配があるからです。
- 「認知症になった」を、いつ・誰が決めるのかがはっきりしない
- 始まるときには親御さんの判断する力が落ちていて、手続きが進まないおそれがある
- 始まるまでの間は、財産が何も守られていない
ひとつずつ見ていきましょう。
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「条件付き」「期限付き」の信託とは
少しだけ言葉の説明をさせてください。
信託法4条4項は、信託に「停止条件」や「始期」が付いているときは、その条件がそろったとき、またはその日が来たときに効力が生じる、と定めています。
- 停止条件(ていしじょうけん):「〜になったら始まる」という、起きるかどうか分からないことを条件にするもの。たとえば「父が認知症と診断されたら」
- 始期(しき):「〜の日から始まる」という、必ず来る日を決めるもの。たとえば「2030年4月1日から」
「認知症になったら」は、前者の停止条件にあたります。
始期のほうは日付がはっきりしているので、「いつ始まるか」でもめることはありません。ただ、その日と、実際に親御さんの判断する力が落ちる時期とは関係がないので、「認知症に備える」という目的からは少しずれてしまいます。
心配① 「認知症になった」を、いつ・誰が決めるのか
認知症は、ある日を境に急に始まるものではありません。物忘れが少しずつ増え、できることとできないことがまだらになりながら、ゆっくり進んでいくことが多いものです。
そのため、「認知症になったら」と契約書に書いても、どの時点で条件がそろったのかが、とてもあいまいになります。
- かかりつけ医の診断書があればよいのか
- 医師によって見立てが違ったらどうするのか
- 親御さんご本人が受診を嫌がったら、どうするのか
ご家族の間でも、「まだ大丈夫」「もう任せるべきだ」と意見が分かれることは珍しくありません。
対策として、「医師2名の診断書」や「あらかじめ決めた人(判定する人)の判断」を条件にする工夫も、専門家の間で紹介されています。ただ、どんな決め方にしても、認知症の進み方そのものがあいまいである以上、判断の難しさが完全になくなるわけではありません。
心配② いちばん大事なときに、手続きが進まないおそれ
私が最も心配しているのは、こちらです。
信託が始まると、受託者は、預かった財産を自分の財産と分けて管理しなければなりません。具体的には、たとえば次のような手続きが必要になります。
- ご実家などの不動産:名義を受託者に移し、信託の登記をする
- 預金:親御さんの口座から、受託者が管理する信託用の口座(信託口口座)にお金を移す
ここで問題になるのが、これらの手続きをするのが、親御さんの判断する力が落ちた「後」になるということです。
不動産の名義変更
名義を移す登記の手続きでは、私たち司法書士が、名義を渡す側のご本人(ここでは親御さん)の意思を確認します。その時点で親御さんの判断する力が十分でなければ、手続きを進めることが難しくなるおそれがあります。
預金の移し替え
預金を信託用の口座に移すには、まず親御さんの口座からお金を引き出す必要があります。ところが、銀行が親御さんの認知症を知ると、口座の取引が制限されることがあります。そうなると、信託は始まったのに、肝心のお金を移せないという事態にもなりかねません。
また、信託用の口座を作れるかどうか、どんな契約書なら受け付けるかは、金融機関ごとに扱いが違います。条件付きの信託をどう扱うかも、事前に金融機関に確認しておく必要があります。
結局、手続きが進まなければ、成年後見の制度を使わざるを得なくなることもあります。「後見を使わずに済むように」と考えて作った信託が、いちばん大事なときに役に立たない。これでは本末転倒です。
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心配③ 始まるまでの間は、何も守られていない
条件付きの信託は、条件がそろうまでは効力がありません。その間、財産はふつうの親御さんの財産のままです。
ですから、たとえば次のような場合には、信託は助けになりません。
- 脳梗塞などで、ある日突然、判断する力を失ってしまったとき(条件がそろったかどうかの判断も、その後の手続きも、急いで進めなければなりません)
- 判断する力が少しずつ落ちていく途中で、不要な契約や詐欺の被害にあってしまったとき
「元気なうちは自分で」という時期と、「もう任せたい」という時期の間には、どちらともいえない期間があります。条件付きの信託は、そのグレーな期間をうまく受け止めにくいのです。
代わりの方法① 最初から始めて、親御さんを「主役」にしておく
では、「元気なうちは自分で」という親御さんのお気持ちに、どう応えればよいでしょうか。
私がよくご提案するのは、信託は最初から始めておき、そのうえで親御さんが中心であり続ける形にする方法です。
親御さん自身が「受益者」になる
信託を始めても、親御さんが受益者(財産から生まれる利益を受け取る人)であれば、財産の価値は親御さんのものです。家賃収入も、生活費も、親御さんのために使われます。
この形(委託者と受益者が同じ人)であれば、信託を始めた時点で贈与税がかからないのが原則です。相続税法は、委託者以外の人が対価を払わずに受益者となるときに、委託者からの贈与とみなす仕組みになっているためです(相続税法9条の2第1項)。委託者と受益者が同じなら、贈与を受ける人がいません。
管理の中身に、親御さんの意向を入れておく
信託契約の中に、たとえば次のような決まりを入れておくことが考えられます。
- 大きな支出や不動産の売却は、親御さんの意向を確認してから行う
- 親御さんが希望する生活費は、定期的に親御さんの口座に戻す
- 受託者は、帳簿をつけて定期的に親御さんに報告する
名義は子に移っても、実際の舵取りは親御さんと相談しながら、という形です。元気なうちは親御さんが「社長」で、受託者のお子さんは「実務担当」と考えるとイメージしやすいかもしれません。
小さく始めて、あとから足す
「全部を預けるのはまだ不安」という場合は、まず一部の財産だけで信託を始める方法もあります。財産はあとから追加することもできます(追加信託)。
ただし、追加するときも親御さんの判断する力が必要です。追加する予定があるなら、元気なうちに済ませておくことが大切です。
代わりの方法② 任意後見と組み合わせる
もうひとつは、任意後見(にんいこうけん)という制度と組み合わせる方法です。
任意後見は、元気なうちに「判断する力が落ちたら、この人に代わりをお願いする」と、公正証書で契約しておく制度です。実際に判断する力が落ちたときに、家庭裁判所が任意後見監督人(後見人を見守る人)を選んで、はじめて効力が生じます(任意後見契約に関する法律2条1号・4条)。
つまり任意後見は、もともと「認知症になってから始まる」ことを前提に作られた制度です。始まるときには家庭裁判所が関わるので、「いつ始まったのか」があいまいになりにくい、という良さがあります。
一方で、任意後見人ができるのは、ご本人の財産を「守る」ことが中心です。投資や、相続税対策のための積極的な資産の組み替えなどは、基本的に難しいとされています。
そこで、
- 不動産や大きな預金など、しっかり管理したい財産は家族信託(最初から始める)
- 信託に入れない年金の受け取りや、介護施設との契約などは任意後見(いざというときから始まる)
という分担にしておくと、お互いの足りないところを補えます。
2026年の法改正で、任意後見も使いやすくなる予定です
2026年6月に成立した「民法等の一部を改正する法律」(令和8年法律第45号)では、成年後見制度が大きく見直されました。任意後見についても、法務省の資料では次のような見直しが示されています。
- 家庭裁判所が、監督人による監督の必要がないと認めるときは、監督人を選ばずに裁判所が直接監督できるようにする
- ご本人が公正証書で指定した人も、任意後見を始めるための申立てができるようにする
- 法定後見(改正後は「補助」に一本化)が始まっても、任意後見契約が続けられるようにする
これらの見直しは、2026年6月24日の公布から2年6か月以内(2028年12月まで)に施行される予定で、具体的な日はまだ決まっていません。それまでは今の制度のままです。
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当事務所でご提案するときに大切にしていること
「元気なうちは自分で」というご相談をいただいたときは、次のようなことを一緒に整理します。
- 親御さんが「自分でやりたい」のは、どの財産の、どんなことか
- お子さんに任せたいのは、どんな場面か(入院・施設入所・実家の売却など)
- 最初から信託に入れる財産と、あとで足す財産、入れない財産
- 任意後見や遺言と、どう組み合わせるか
親御さんのお気持ちを契約の中にどう残すか。そこに時間をかけることが、結果的に「元気なうちは自分で」を守ることにつながると考えています。
まとめ
- 「認知症になったら始まる」家族信託は、法律上は作れます(信託法4条4項)
- ただし、「いつ認知症になったか」があいまいで、始まるときには親御さんの判断する力が落ちているため、名義変更や預金の移し替えが進まないおそれがあります
- 始まるまでの間は、財産は何も守られていません
- 多くの場合は、最初から信託を始めて親御さんを受益者にし、親御さんの意向を契約に入れておく形がおすすめです
- 「いざというときから」の部分は、任意後見との組み合わせで補えます。任意後見は2026年の法改正で使いやすくなる予定です
よくある質問
- 「認知症になったら始まる」家族信託は、本当に作れるのですか?
-
法律上は作れます。信託法4条4項は、条件がそろったときや決めた日が来たときに信託が始まる形を認めています。ただし、条件がそろったかどうかの判断や、その後の名義変更・預金の移し替えに難しさがあるため、慎重な検討が必要です。
- 始めたら、親は自分の財産を自由に使えなくなりますか?
-
親御さんを受益者にしておけば、財産の価値は親御さんのものです。信託契約の中に、大きな支出は親御さんの意向を確認する、生活費を親御さんに渡す、といった決まりを入れておくこともできます。
- 信託を始めると、贈与税がかかりませんか?
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委託者と受益者が同じ親御さんであれば、始めた時点で贈与税はかからないのが原則です。受益者を親御さん以外にする場合は、贈与税がかかることがあるので注意が必要です。
- 家族信託と任意後見は、どちらか一方を選ぶものですか?
-
いいえ。管理したい財産は家族信託で、信託に入れない年金の受け取りや施設との契約などは任意後見で、というように組み合わせて使うことができます。
- 親がもう物忘れが出てきています。今からでも間に合いますか?
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契約の内容を理解して決められる力があれば、家族信託を始められる可能性があります。ただ、判断する力が落ちるほど難しくなりますので、気になり始めた段階で早めにご相談ください。
西宮・阪神間の家族信託は、シアエスト司法書士・行政書士事務所へ
当事務所は阪急西宮北口駅から徒歩3分。西宮市を中心に、芦屋市・宝塚市・尼崎市・神戸市など阪神間で、家族信託・相続・遺言・成年後見のご相談を承っています。
「親は『まだ自分でやれる』と言っている」「信託と任意後見、どう組み合わせればいいのか」。そう思われたときが、ご相談のタイミングです。まずはお気軽にお問い合わせください(TEL 0798-31-5930)。
出典・参考
- 信託法3条・4条(信託の効力の発生)
- 相続税法9条の2(贈与又は遺贈により取得したものとみなす信託に関する権利)
- 任意後見契約に関する法律2条・4条
- 法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」概要資料(2026年6月)

