
はじめに:もう戸籍を何通も取る必要はありません
相続手続きの準備、本当にお疲れさまです。
ご自身で手続きを進める中で、このような悩みに直面していませんか?
「亡くなった方の出生から死亡までの戸籍を揃えたら、費用が数千円かかった…」
「この大切な遺産分割協議書や戸籍の原本を、銀行や税務署でも使うのに、法務局に一度出したら返ってこないのでは?」
相続登記には、膨大な量の戸籍や遺産分割協議書といった「唯一無二の重要書類」の原本提出が求められます。しかし、それらの書類は、その後の預金口座の解約、株式の名義変更、相続税の申告など、他の手続きでも必ず必要になります。
その都度、役所で取り直したり、相続人全員の署名・押印を再度もらったりするのは、費用と手間がかかりすぎます。
解決策:「原本還付」で書類の使い回しをマスターしましょう
ご安心ください。日本の登記制度には、提出した書類の原本を手続き完了後に返却してもらえる「原本還付(げんぽんかんぷ)」という仕組みがあります。
この制度を活用すれば、一度取得した原本のセットを、法務局・銀行・税務署など複数の機関で使い回せるようになります。
この記事のゴール
この記事のゴールは、単に「原本還付ができますよ」という知識をお伝えすることではありません。
「実務レベルで失敗しない手順」をマスターしていただくことです。
- コピーの取り方や綴じ方(ホチキスの位置)
- 複数ページにわたる書類の「契印(割印)」の押し方
- 提出書類に書くべき「この写しは原本に相違ありません」という魔法の言葉
こうした細かいルールを分かりやすく解説し、あなたご自身が「もう戸籍を何通も取る必要はない」と自信を持てるよう、最後までナビゲートいたします。
相続登記の「原本還付」とは?なぜやるべきか
この「原本還付(げんぽんかんぷ)」制度は、ご自身で手続きを進める際に費用と手間を大幅に削減できる、必須のテクニックです。
原本還付の仕組み
原本還付とは、登記所に提出する書類のうち、原本とそのコピー(写し)をセットで提出し、登記官が原本とコピーの内容が正しいことを確認(照合)した後に、原本だけを申請者(あなた)に返却してもらうための制度です。
法務局側はコピーを保管記録として残し、あなたは原本を手元に戻せるため、複数の機関で同じ書類を使い回すことが可能になります。
最大のメリットは「節約」と「時短」
原本還付を利用するメリットは、主に以下の2点です。
- 費用と手間を削減できる 預金や株式の名義変更、相続税の申告など、相続手続きは多岐にわたり、それぞれで戸籍謄本や遺産分割協議書などの原本提出を求められます。
戸籍謄本などは1通あたり450円〜750円の費用がかかる上、役所に行く手間も発生します。
原本還付をすれば、一度取得した書類を何度も使い回せるため、再取得の手間と費用(数千円〜数万円)を削減できます。 - 重要書類を手元に残せる 遺産分割協議書や公正証書遺言などは、再発行ができない「世界に1通」の重要書類です。
原本還付をしなければ法務局に保管されたままになり、他の金融機関の手続きができなくなります。後の税務調査やトラブルに備えて、必ず原本を手元に戻しておく必要があります。
【注意】還付されるのは「登記完了後」です
原本還付を請求したとしても、書類を法務局に提出したその場ですぐに原本が返却されるわけではありません。
- 原本の所在: 提出された原本は、登記官が登記内容の審査を完了するまで(一般的に1〜2週間程度)、法務局で保管されます。
- スケジュール管理: もし相続登記申請中に、緊急で銀行の預金解約手続きを進めたい場合は、その期間は原本が手元にありません。
急ぎの金融機関手続きがある場合は、相続登記の申請時期を遅らせるか、法定相続情報証明制度(後述)の利用を検討するなど、事前にスケジュールを調整してください。
【リスト付】還付できる書類・できない書類の境界線
原本還付を利用するにあたり、すべての書類が返却されるわけではありません。どの書類が「使い回し可能」で、どの書類が「法務局に保管される専用書類」なのかを明確に区別しておきましょう。
原本還付できる書類(使い回せるもの)
これらの書類は、他の相続手続き(銀行、証券会社など)でも原本の提出が必須となるため、コピーを添付して必ず還付請求を行うべき書類です。
- 戸籍謄本・除籍謄本・改製原戸籍謄本(相続人全員の証明に必要なもの一式)
- 住民票(被相続人の住民票除票、相続人の住民票)
- 印鑑登録証明書(遺産分割協議書に押印した相続人全員分)
- 遺産分割協議書(相続人全員の実印が押されたもの)
- 遺言書(公正証書正本、自筆証書遺言など)
【実務知識の補足:固定資産評価証明書について】 登録免許税の算定に使う「固定資産評価証明書」は、法務局が保管する義務はありません。そのため、原本と一緒にコピーを提出すれば、法務局で還付を受けることができます。また、コピーの提出のみで認めている法務局も多くあります。この証明書も他の手続きで使う可能性があるため、還付請求に含めるのが賢明です。
原本還付できない書類(法務局に渡すもの)
以下の書類は、「相続登記のためだけに作成された書面」または「法務局が原本として保管する」ことが法律で定められているため、還付の対象外となり、提出後は返却されません。
- 登記申請書(登記の依頼書そのもの)
- 委任状(司法書士などに手続きを依頼する場合)
- 相続関係説明図(戸籍謄本のコピー省略のために作成するもの)
- 収入印紙貼付台紙(登録免許税を貼った台紙)
- 上申書(※通常は不要ですが、ケースにより異なります)
※一度法務局へ提出したら、他の手続きで必要になっても返ってきません。還付の対象となる書類(上記リスト)は、必ずコピーを添付して提出しましょう。
自分でやる原本還付の完全手順

原本還付は、この「コピーの作り方」と「ハンコの押し方」のルールさえマスターすれば、誰でも簡単に行えます。ここでは、戸籍謄本や遺産分割協議書を還付請求するための実務的なステップを解説します。
STEP 1:還付したい書類をコピーする(等倍・片面)
まず、還付を受けたい書類(戸籍謄本、遺産分割協議書など)のすべてのページをコピーします。
- 原寸大(等倍)でコピーする: 縮小・拡大はせず、原本と全く同じサイズでコピーしてください。
- 片面コピーを基本とする: 原本が両面印刷であっても、還付用のコピーは、作業のしやすさから片面コピーとして作成するのが一般的です。(裏面に記載がある場合は、裏面のコピーを次のページとして作成します)
STEP 2:「原本と相違ありません」の文言と署名・押印
コピーした書類一式(複数枚ある場合はすべて)の一番上のページの余白部分に、以下の文言を記載し、申請人(あなた)の署名と押印をします。
「この写しは、原本に相違ありません。」
令和○年○月○日
申請人(または代理人) 氏名 印
【署名・押印の注意点】
- 使用する印鑑: 必ず、登記申請書に押した印鑑(申請印)と同じものを押してください。実印である必要はありませんが、申請書との一致が重要です。
- 場所: コピーの一番上のページであれば、下部や側面の余白のどこでも構いません。
- 法務局のゴム印: ほとんどの法務局には「右は原本に相違ありません」というゴム印が用意されています。これを使用しても問題ありませんが、自分で記載しても効力は同じです。
STEP 3:複数枚になる場合の「契印(割印)」のルール
遺産分割協議書や戸籍謄本のように、コピーが一つの書類で複数枚になった場合、バラバラにならないように綴じた上で、「契印(けいいん)」を押す必要があります。これは、書類の差し替えを防ぎ、すべてが連続した正しいコピーであることを証明するためのものです。
- ホチキスで綴じる: コピーの束を、左側(長辺)の上下2箇所をホチキスで綴じます。
- 契印を押す: ホチキスで綴じたコピーの束を広げ、各ページの見開き部分(綴じ目)にまたがるように印鑑を押します。
- ポイント: ホチキスを留めた後、紙の端を少し折り返して印鑑を押すと、つなぎ目に簡単に契印を押すことができます。
- 押印する人: 契印は申請人の印鑑(STEP 2で押したものと同じ)のみで構いません。(遺産分割協議書原本のように相続人全員の契印は不要です。)
【これが一番の難関!】 契印は、複数枚のコピーすべてにまたがって連続的に押す必要があります。印鑑が途切れないように、丁寧に作業してください。
STEP 4:原本とコピーをセットにして提出
最後に、作成した書類を以下の要領でまとめ、登記申請書と一緒に法務局の窓口へ提出します。
- 原本とコピーを分ける:
- 原本の束: 遺産分割協議書、戸籍謄本など、還付を受けたい原本。
- コピーの束: STEP 3までで作成した、「原本と相違ありません」と記載・押印・契印済みのコピー一式。
- ホチキスでまとめる: パンチを使うと、原本に穴が開いてしまうため絶対に避けてください。それぞれを別の束にし、大きなクリップやクリアファイルでひとまとめにして提出します。
- 提出順序の推奨: 法務局への提出時は、一般的に以下の順序で並べると登記官の審査がスムーズになります。
- 登記申請書(収入印紙貼付台紙含む)
- 委任状(あれば)
- 相続関係説明図(あれば)
- 【還付用】コピーの束
- 【還付される】原本の束
2. 大量のコピー地獄から解放!「相続関係説明図」の活用
相続登記で最も手間がかかるのが、被相続人(亡くなった方)の出生から死亡までの戸籍謄本をすべて集め、それをまたすべてコピーする作業です。この手間を劇的に解消してくれるのが、「相続関係説明図(そうぞくかんけいせつめいず)」です。
戸籍の束をコピーしなくて済む裏技
戸籍謄本などは、還付を受けるために原本と一緒にコピーを提出するのが原則でした。しかし、相続登記においては、添付書類として「相続関係説明図」を提出すれば、戸籍一式(除籍、改製原戸籍などを含む)のコピー提出が免除されるという特例があります。
相続による権利の移転の登記等における添付書面の原本の還付を請求する場合において、いわゆる相続関係説明図が提出されたときは、登記原因証明情報のうち、戸籍謄本又は抄本及び除籍謄本に限り、当該相続関係説明図をこれらの書面の謄本として取り扱って差し支えない。(平成17年2月25日民二第457号民事局長通達)
この特例は、戸籍の量が膨大になるケースが多いため、実務上の負担軽減のために認められているものです。
【具体的なメリット】
- 費用削減: 何十枚にもなる戸籍のコピー代や、申請人の手間を削減できます。
- 手間削減: コピーのすべてのつづり目(契印)にハンコを押す手間がなくなります。
相続関係説明図の書き方(簡易版)
相続関係説明図とは、誰が亡くなり、誰が相続人であるかを一目でわかるように家系図のような形式で示した図です。戸籍の内容を分かりやすく整理した「サマリー(要約)」のようなものだと考えてください。
記載すべき主な情報
- 被相続人(亡くなった方): 氏名、最後の住所、死亡年月日、最後の本籍地。
- 相続人: 氏名、住所、生年月日、被相続人との続柄(配偶者、長男など)、誰が不動産を取得するか(例:不動産を相続する人の名前の上には「相続」と記載し、相続しない人の名前の上には「分割」と記載)。
この図を提出すれば、戸籍謄本が何十通あっても、その戸籍のコピー自体は不要になります。登記官はこの説明図で相続関係を把握した上で、原本の戸籍と照合し、原本をあなたに返却してくれます。
これは、費用と労力を削減するための、プロが必ず使う必須のテクニックです。
さらに進んだ選択肢「法定相続情報証明制度」とは?
ここまで「原本還付」について解説しましたが、ここで「原本還付よりもさらに便利で強力な、現代のテクニック」をご紹介します。これが、法定相続情報証明制度(ほうていそうぞくじょうほうしょうめいせいど)です。
これは、多くの競合記事では触れられない、相続手続き全体の効率を劇的に上げるための選択肢です。
「原本が戻る」だけではない、最強の証明書
原本還付は「一度提出した原本を返してもらう」制度です。しかし、この法定相続情報証明制度は、提出した戸籍一式をもとに、法務局が「この図に記載された相続関係は正しい」と証明する「法定相続情報一覧図」を無料で交付してくれる制度です。
| 項目 | 原本還付 | 法定相続情報証明制度 |
| 書類の形式 | 提出した原本がそのまま戻る | 法務局が認証した新しい公的書類が発行される |
| 枚数 | 1枚(原本)のみ | 必要なだけ(何通でも) 無料で交付 |
| 手続きの効率 | 登記完了後に原本回収→銀行へ(順番待ち) | 登記とは別に申請→証明書で銀行、証券会社、税務署の手続きを同時に並行できる |
銀行手続きが多い方はこちらがおすすめです
相続手続きの多くは、法務局(登記)と金融機関(預金解約)で同時に進める必要があります。
- 通常の原本還付: 登記が完了し、原本が手元に戻るまで約1〜2週間待ってからでないと、銀行手続きが進められません。
- 法定相続情報証明制度: 相続登記の申請とは全く別に、法務局に戸籍一式を提出して一覧図を交付してもらいます。この一覧図は、戸籍謄本一式の代わりとして金融機関や税務署で利用できるため、複数の銀行口座がある場合や、急いで手続きを終えたい場合に、時間短縮の効果が絶大です。
これは、手間を減らすためのプロの標準テクニックです。多くの手続きを同時並行で進めたい場合は、原本還付のためのコピー作成よりも、この制度の利用を検討されることを推奨します。ただし、印鑑証明書や遺産分割協議書については、同時並行で手続きを行う際には複数部が必要になります。
原本の受け取り方と「郵送返却」のテクニック
登記が無事に完了し、原本の還付が認められたら、いよいよ書類の受け取りです。受け取り方法には「窓口」と「郵送」の2種類があり、郵送を選ぶ際には少しだけテクニックが必要です。
窓口で受け取る場合
法務局の窓口で受け取るのが、最もシンプルで確実な方法です。
- 受け取りの流れ: 登記が完了した日以降に、申請時に交付された「登記完了証」や「引き換え証」(法務局による)を持参して窓口へ行きます。
- 必要なもの: 申請人の認印(または申請書に押した印鑑)と、身分証明書。
- メリット: その場で中身を確認でき、紛失のリスクがありません。
郵送で返してもらう場合のルール(重要)
平日に法務局へ行く時間がない方は、郵送で返却してもらうことができます。 ただし、相続登記が完了すると、非常に重要な「登記識別情報通知(いわゆる権利証のパスワード)」が発行されるため、返送方法は厳格に決められています。
申請時の義務と手順
- 申請書への記載(必須)
申請書の適宜の箇所(その他の事項欄など)に、以下の文言を記載します。
「送付の方法により登記識別情報通知書の交付及び原本還付書類の返還を希望します。」 - 返信用の「切手」を同封する
ここが間違いやすいポイントです。
返信用封筒(レターパック等)ではなく、「切手」を同封します。 法務局から個人(申請人)への返送は、原則として「本人限定受取郵便(特例型)」でなければならないため、通常の書留料金に加えて、本人限定受取郵便の加算料金分の切手が必要です。- 必要な切手代の目安: 基本料金 + 書留料 + 本人限定受取郵便料(+重量分の料金)
- ※具体的な金額は、提出する書類の重さによって異なるため、多めに同封するか、管轄の法務局に事前に確認することをお勧めします。
- レターパックは使用できません 「レターパックプラス(赤色)」は対面受取ですが、「本人限定受取(免許証提示などで本人確認をして渡す郵便)」ではないため、登記識別情報の返送には使用できません。 必ず、指定された額の切手を同封してください。
【プロのアドバイス】 原本還付書類が大量にある場合、重量がかさみます。切手不足で発送が遅れるのを防ぐため、「切手は多めに入れておく(余れば返してくれます)」のが実務上のテクニックです。

よくある失敗とQ&A
原本還付の手続きで、多くの方が疑問に感じる点や、実務で失敗しやすいポイントについて解説します。
Q:申請した後に「やっぱり原本を返してほしい」と言えますか?
A:いいえ、原則として後からの請求はできません。
原本還付は、登記申請書を提出する「その瞬間」に、コピーの添付と還付を希望する旨の記載をもって申し出る必要があります。申請書を提出した後に「忘れていました」と申し出ても、通常、法務局は応じてくれません。その場合、必要な書類は改めて役所等で取得し直すことになります。
Q:原本(戸籍謄本など)をホチキスどめして提出してもいいですか?
A: はい、問題ありません。ただし、「パンチで穴を開けるのは厳禁」です。
法務局では、原本がバラバラになって紛失しないように、戸籍謄本など複数枚にわたる書類をホチキスで留めて提出することを認めています。これは実務上、広く行われています。ただし、以下に気をつけましょう、
- パンチで穴を開けるのは絶対に避ける: 書類に記載された文字や役所の証明文(朱印など)を損なう形で穴を開けることは、書類が無効になる原因となります。ホチキスで留める際は、必ず文字が記載されていない余白を使いましょう。
- ホチキスは左側: 書類の上部または長辺の左側をまとめてホチキスで留めるのが一般的です。
- 例外: 遺産分割協議書や遺言書など、相続人全員の実印が押された極めて重要な書類については、トラブル防止のため、ホチキスではなく大きなクリップでまとめて提出する方法を選ぶ方もいます。
Q:遺産分割協議書が複数枚ある場合の「契印」は、誰の実印が必要ですか?
A: 遺産分割協議書には、二種類の「契印」が存在します。
- 原本の契印(協議成立の証)
- 遺産分割協議書が複数枚にわたるとき、相続人全員が実印で綴じ目に押す契印です。これは協議書の内容が差し替わられていないことを証明する、最も重要な契印です。
- 原本還付の契印(コピーの証明)
- コピーの束に押す契印は、原本還付のためだけに押すものであり、申請人(あなた)の認印(申請書に押したハンコ)のみで問題ありません。
この二つを混同しないようにしてください。原本還付用の契印は、相続人全員の押印は不要です。
まとめ
相続登記における原本還付制度は、「相続手続き全体の費用と手間を節約する基本テクニック」です。
- 原本還付は「節約の基本」
- 戸籍謄本や遺産分割協議書といった重要書類を、法務局・銀行・税務署で何度も取り直す費用と手間を、この制度一つで大幅に削減できます。
- ルールを知れば難しくない
- 一見面倒に思えるコピー作業や「契印(割印)」も、「原本に穴を開けない」「申請時のハンコを使う」といったルールさえ押さえれば、決して難しい手続きではありません。
- 不安な場合は専門家へ相談を
- 書類作成が不安な場合や、銀行口座が多く手続きを同時並行で進めたい場合は、原本還付よりもさらに便利な法定相続情報証明制度の利用を視野に入れ、司法書士へご相談ください。
正確な手続きで、あなたの相続手続きがスムーズに完了することを願っております。



