
※本記事は2026年10月時点の情報に基づいて解説しています。
「父と家族信託の話を進めています。でも、成年後見は一度始めたらやめられないと聞きました。家族信託も、始めたら最後、後戻りできないのでしょうか。」
家族信託のご相談では、このような不安を打ち明けられることがよくあります。実家の名義がお子さんに変わる、と聞けば、慎重になるのは当然のことです。
先に結論をお伝えします。
家族信託は、親御さんがお元気なうちなら、親御さんの意思でやめることができます。
ただし、親御さんが認知症になった後は話が変わります。「誰が、どうやってやめるのか」を契約で決めていないと、やめたくてもやめられない、ということが起こりえます。
この記事では、家族信託の「やめ方」と、やめるときの手続きや税金について、順を追ってお話しします。
結論:親御さんがお元気なら、やめられます
法律で「いつでも終わらせられる」とされています
信託法には、「委託者と受益者は、いつでも、その合意によって信託を終わらせることができる」という決まりがあります(信託法164条1項)。
いちばんよくある家族信託は、親御さんが委託者(財産を預ける人)と受益者(財産から利益を受ける人)を兼ね、お子さんが受託者(預かって管理する人)になる形です。
この形なら、委託者と受益者は同じ親御さんですから、実際には親御さんご自身の判断で、信託を終わらせることができるわけです。
なお、受託者にとって不利な時期に終わらせた場合は、受託者の損害を賠償しなければならない、という決まりもあります(同条2項)。親子の間の信託で問題になることはまずありませんが、法律上はこうした定めもある、と知っておいてください。
成年後見との大きな違い
ここが、成年後見との大きな違いです。
いまの成年後見制度は、いったん始まると、ご本人の判断能力が回復するか、亡くなるまで続きます。「家を売るためだけに使いたい」と思っても、売った後にやめることはできません。
▶ あわせて読みたい:成年後見は「始めたら途中でやめられない」— 使う前に知っておくこと
ちなみに、成年後見制度は2026年6月に見直しの改正法(民法等の一部を改正する法律・令和8年法律第45号)が成立し、6月24日に公布されました。施行(公布から2年6か月以内の政令で定める日)の後は、制度を使う必要がなくなったと家庭裁判所が認めれば、利用を終えられるようになります。とはいえ、終えるかどうかを決めるのは家庭裁判所です。ご家族の契約で始め、ご家族の判断で終われるのは、家族信託ならではの特徴といえます。
家族信託が終わる3つの道
家族信託が終わるのは、大きく分けて次の3つの場合です。
① 親御さんの意思で終わらせる
1章でお話しした「合意による終了」です(信託法164条1項)。「思っていたより手間がかかる」「実家を売ったので、もう信託は必要ない」といった理由で、途中でやめることができます。
② 契約で決めた出来事が起きて終わる
契約書に「こうなったら終わる」と書いておけば、そのとおりに終わります(信託法163条9号)。
いちばん多いのは、「親御さんが亡くなったら終わる」という定めです。ほかにも、「信託の期間は○年」「実家を売って代金を分けたら終わり」といった決め方もあります。
③ 法律で決まった事情によって終わる
契約に書いていなくても、法律上、信託が終わる場合があります(信託法163条1号〜8号)。たとえば、
- 信託の目的を達成したとき、または達成できなくなったとき
- 受託者がいなくなり、新しい受託者が決まらないまま1年たったとき
などです。また、契約のときには予想できなかった特別な事情で、終わらせたほうが受益者のためになることが明らかになった場合は、裁判所に終了を命じてもらう方法もあります(信託法165条)。
親御さんが亡くなって信託が終わった後の手続きについては、別の記事で順番にまとめています。
「やめる」前に、「直す」「人を替える」という道もあります
「やめたい」と感じる理由を伺うと、実は信託そのものではなく、一部がうまくいっていないだけ、ということも少なくありません。
中身を直す
信託の内容は、委託者・受託者・受益者の合意で変えることができます(信託法149条1項)。契約書に変え方を決めておけば、その方法で変えることもできます(同条4項)。
受託者を替える
「受託者の長男が転勤で遠方に行く」「受託者の負担が重すぎる」といった場合は、信託をやめずに、受託者を替えるという方法もあります。
- 受託者の辞任:委託者と受益者の同意があれば辞められます。契約に別の定めがあれば、それに従います(信託法57条1項)。やむを得ない事情があれば、裁判所の許可を得て辞めることもできます(同条2項)
- 受託者の解任:委託者と受益者は、いつでも合意で受託者を解任できます(信託法58条1項)。ただし、契約に別の定めがあればそれに従います(同条3項)
あらかじめ契約書に「次の受託者」を決めておくと、交代がスムーズです。
「途中でやめられない」と書いた契約は、有効なのでしょうか
家族信託の契約書には、「信託は、受託者の同意がなければ終わらせられない」「期間中は解除できない」といった、終わらせ方を制限する定めが置かれることがあります。
信託法164条3項は、契約に別の定めがあればそれに従う、としていますから、こうした定めも一応は認められています。ただ、どこまで有効なのかについて、2026年に最高裁判所が大切な判断を示しました。
最高裁判所 令和8年6月17日決定
【事案のあらまし】
- 弟が、自分の持つ会社の株式を、兄に信託しました。弟が委託者兼受益者、兄が受託者です
- 契約には、「信託の期間は30年」「期間中は解除できない」という定めがありました
- 数年後、弟が信託を終わらせると通知しましたが、兄はこの定めを理由に断り、受託者の仕事を続けました
【最高裁判所の判断】
最高裁判所は、次の2つを示しました。
- 委託者兼受益者が持つ「いつでも終わらせられる」権利を外す定めが有効になるのは、その定めが信託の目的を達成するために合理的に必要と認められる場合に限られる
- 定めが有効な場合でも、受託者が終了の申入れを断って仕事を続けてよいのは、申入れの時点で、そうすることが信託の目的を達成するために合理的に必要と認められる場合に限られる
理由として最高裁判所は、信託は「名義は受託者にあっても、利益は受託者のものにならない」ことが本質の制度であり、終わらせ方の制限が受託者だけに都合のよい結果を招くおそれがある、という点を挙げています。
なお、この決定には裁判官の補足意見があり、信託の目的が抽象的であいまいだと判断の手がかりにならないこと、目的は契約に至った経緯などから実質的に読み取るべきことが述べられています。
ご家族の信託にとっての意味
この事件は、会社の株式をめぐる兄弟間の信託で、認知症に備える家族信託そのものではありません。ですから、ご家族の信託にどこまで当てはまるかは、この決定からはまだはっきりしません。
それでも、次のことはいえると私は考えています。
- 「受託者の同意がなければやめられない」という定めは、書いておけば必ず効く、というものではない
- こうした定めを置くなら、信託の目的のところに、なぜ制限が必要なのかを具体的に書いておくことが大切
- 受託者のお子さんの側も、「契約にそう書いてあるから」というだけで親御さんの申入れを断れるわけではない
たとえば、「判断能力が落ちてきた時期に、周りの誰かに言われるまま信託を解いてしまうのを防ぎたい」という目的があるなら、そのことを契約に分かるように書いておく。そうした丁寧な設計が、これまで以上に求められるようになったといえます。
親御さんが認知症になった後は、どうなる?
ここが、いちばん注意していただきたいところです。
ご本人が「やめる」と決められなくなります
信託法164条1項の「合意による終了」は、委託者と受益者の意思で行うものです。親御さんの判断能力が大きく落ちてしまうと、親御さんご自身が「やめる」と決めることは難しくなります。
お子さんたちだけで話し合って、「もうやめよう」と決めることも、契約に定めがなければできない、と考えておいたほうが安全です。
やめても、財産は「凍結」に戻ってしまう
もうひとつ、見落とされがちな点があります。
家族信託を終わらせると、通常、財産は親御さんの名義に戻ります。ところが、親御さんが認知症になっていると、戻ってきた預金や実家は、ご本人が管理も処分もできない状態、つまり「凍結」に戻ってしまいます。
▶ あわせて読みたい:親が認知症になると、預金も実家も“凍結”される — 元気なうちにできる備え
そうなると、結局は成年後見を使わざるを得なくなる、ということにもなりかねません。認知症になった後に信託をやめることは、多くの場合、ご家族にとってよい選択にはならないのです。
元気なうちに「やめ方」を決めておく
ですから、契約をつくるときに、次のようなことを決めておくことが大切です。
- 親御さんの判断能力が落ちた後、信託を終わらせたり変えたりする必要が出たとき、誰がどう決めるか(たとえば、受益者代理人(受益者のために権利を使う人)を置いたうえで、「受益者代理人と受託者の合意で終了できる」など、終わらせ方そのものを契約に書いておく。信託法138条・139条・164条3項)
- どんなときに信託が終わるのか(終了の事由)
- 終わったときに、財産を誰に引き継ぐのか
やめるときの手続き
親御さんがお元気なうちに、合意で信託をやめる場合の流れは、おおむね次のとおりです。
① 終了の合意を書面にする
法律上、書面は必須ではありませんが、後で「言った・言わない」にならないよう、終了の合意書をつくっておくことをお勧めします。 登記の手続きでも、終了したことを示す書類が必要になります。
② 後片付け(清算)をする
信託は、終わった後もすぐには消えず、後片付けが済むまでは続いているものとみなされます(信託法176条)。受託者だったお子さんが「清算受託者」として、残っている支払いを済ませ、残った財産を引き渡します(信託法177条)。
③ 実家などの名義を戻す(登記)
不動産は、受託者から親御さんへ名義を戻す所有権移転の登記と、信託の登記の抹消を、同時に申請します(不動産登記法104条1項)。
④ 預金を戻す
受託者名義の口座(信託口口座など)にあるお金を、親御さんの口座に戻します。銀行ごとに必要書類が違いますので、事前に確認しておきましょう。
やめるときの税金
「名義を戻すときに、また税金がかかるのでは」というご心配もよく伺います。
親御さんに戻すだけなら、大きな税金はかかりません
親御さんが委託者と受益者を兼ねる信託で、最初から最後まで受益者が親御さんだけだった場合、財産を親御さんに戻すときの税金は、次のように扱われます。
| 税金 | 扱い |
|---|---|
| 贈与税 | かかりません。もともと親御さんが受益者で、税金の上では親御さんの財産のままだからです(相続税法9条の2第4項かっこ書き) |
| 登録免許税(名義を戻す登記) | かかりません(登録免許税法7条1項2号) |
| 登録免許税(信託の登記の抹消) | 不動産1個につき1,000円(登録免許税法 別表第一1(十五)) |
| 不動産取得税 | かかりません(地方税法73条の7第4号イ) |
税金の上では、信託中も「財産は受益者である親御さんのもの」と扱われています(所得税法13条1項)。ですから、親御さんに戻るだけなら、売ったり贈与したりしたことにはならないわけです。
親御さん以外に渡すと、話が変わります
一方で、信託を終わらせるときに、財産を親御さんではなくお子さんに渡す形にすると、親御さんからお子さんへの贈与とみなされ、贈与税がかかります(相続税法9条の2第4項)。名義を移す登記の登録免許税も、上の表のような非課税の扱いにはなりません。
また、信託の途中で受益者を変えていた場合なども、上の表とは扱いが変わることがあります。やめ方によって税金が大きく変わりますので、やめる前に、税理士と一緒に確認しておくことが大切です。
当事務所で、「やめ方」まで含めて設計するとき
当事務所では、家族信託の契約をつくるとき、始め方だけでなく「終わり方」「やめ方」も一緒に考えます。たとえば、次のようなことを確認します。
- 親御さんがお元気なうちに、やめたくなったらどうするか
- 親御さんの判断能力が落ちた後、誰がどう判断するか
- 終わらせ方を制限する定めを置くか。置くなら、なぜ必要か
- 受託者が続けられなくなったときの、次の受託者
- 終わったときに財産を誰に引き継ぐか、そのときの税金はどうなるか
「やめられる」と分かっているからこそ、安心して始められる。私は、そう考えています。
まとめ
- 家族信託は、親御さんがお元気なうちなら、親御さんの意思でやめることができます(信託法164条1項)
- この点が、始めたら原則やめられない今の成年後見との大きな違いです
- やめる前に、「中身を直す」「受託者を替える」という道もあります
- 「やめられない」と書いた定めは、信託の目的のために合理的に必要な場合しか効かない、と最高裁判所が示しました(令和8年6月17日決定)
- 認知症になった後は、やめにくく、やめても財産が「凍結」に戻ります。元気なうちに「やめ方」を決めておくことが大切です
- 親御さんに戻すだけなら、大きな税金はかかりません。親御さん以外に渡すと贈与税の対象になります
よくある質問
- 家族信託は、始めたら途中でやめられませんか?
-
いいえ。親御さんが委託者と受益者を兼ねる一般的な家族信託なら、親御さんがお元気なうちは、親御さんの意思で終わらせることができます(信託法164条1項)。ただし、契約に終わらせ方の定めがあれば、その内容も確認が必要です。
- 親が認知症になった後でも、家族信託をやめられますか?
-
親御さんご自身が判断できなくなると、やめることは難しくなります。契約に、代わりに判断する人(受益者代理人など)や終わらせ方を定めておくことが大切です。また、やめると財産が親御さんの名義に戻り、管理できない「凍結」の状態に戻る点にも注意が必要です。
- 契約書に「受託者の同意がなければ終了できない」と書いてあります。親だけではやめられませんか?
-
最高裁判所は令和8年6月17日の決定で、こうした定めが有効になるのは信託の目的を達成するために合理的に必要な場合に限られ、有効な場合でも受託者が断れるのは、そのときに合理的に必要と認められる場合に限られる、と示しました。個別の契約ごとに判断が必要ですので、専門家にご相談ください。
- 家族信託をやめて名義を親に戻すと、税金はかかりますか?
-
親御さんが委託者と受益者を兼ね、最初から親御さんだけが受益者だった信託で、財産を親御さんに戻すだけなら、贈与税・不動産取得税はかからず、名義を戻す登記の登録免許税もかかりません。信託の登記の抹消に、不動産1個につき1,000円の登録免許税がかかります。
- 受託者の子どもが続けられなくなったら、信託は終わってしまいますか?
-
すぐには終わりません。委託者と受益者の同意による辞任や、次の受託者への交代ができます。ただし、受託者がいないまま新しい受託者が1年間決まらないと、信託は終わります(信託法163条3号)。契約に次の受託者を決めておくと安心です。
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出典・参考
- 信託法57条・58条・139条・149条・163条・164条・165条・176条・177条
- 最高裁判所第三小法廷 令和8年6月17日決定(令和6年(許)第30号)
- 不動産登記法104条
- 相続税法9条の2
- 所得税法13条
- 登録免許税法7条・別表第一
- 地方税法73条の7
- 法務省「民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)」(成年後見制度の見直し)

