遺産分割で相続人が認知症のときは?成年後見の申立てと流れ・法定相続分の原則・特別代理人、改正後の見通しまで【西宮の司法書士が解説】

※本記事は2026年10月時点の法令にもとづいて解説しています。

「父が亡くなり、相続人は母と私たちきょうだい。母は認知症で施設にいる。家族で話し合えばいいと思っていたら、『お母さまが協議に加われないと、遺産分割はできません』と言われた」

最高裁判所の統計では、2025年に成年後見などを申し立てた理由として「相続手続」を挙げたものが1万909件(終わった事件の約25.6%)あり、開始の原因では認知症が約61.3%と最も多くなっています(最高裁判所「成年後見関係事件の概況」令和7年)。ご相談の中でも、「父が亡くなり、母が認知症」という形はよく伺います。

この記事では、遺産分割の場面に話をしぼって、協議ができない理由、成年後見の申立てから協議までの流れ、後見人が加わる協議の考え方、特別代理人が必要になる場合、改正法による今後の見通しをお話しします。後見人の候補者の考え方は、次の記事で説明しています。

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目次

先に結論:協議の前に「後見が要るか」「ほかの方法はないか」を整理します

  • 判断能力(意思能力)がない状態でした合意は無効です(民法3条の2)。認知症の方を除いたり、家族が代わりに署名したりして協議を進めることはできません
  • 協議をするには、家庭裁判所に成年後見(程度によって保佐・補助)を申し立て、選ばれた後見人などが本人に代わって協議に加わります
  • 後見人は本人の財産を守る立場です。家庭裁判所の案内でも、本人の法定相続分を確保するのが原則とされています
  • 後見人も同じ相続の相続人なら、特別代理人を選んでもらいます(民法860条・826条)。後見監督人がいれば、監督人が本人を代理します
  • 今の制度では、遺産分割が終わっても後見は続きます。2026年6月公布の改正法で「必要がなくなれば終えられる」仕組みに変わりますが、施行日はまだ決まっていません。遺言があれば協議が要らない場合もあります

1. 認知症の相続人がいると、なぜ協議ができないのか

遺産分割協議は「相続人全員」でします

遺言がなければ、遺産は相続人全員の話し合い(遺産分割協議)で分けます(民法907条1項)。一人でも欠けた協議書では、預金の解約や不動産の名義変更は進められないのが通常です。

判断能力がない状態での合意は無効です

民法は、意思表示をした時に意思能力がなかった法律行為は無効と定めています(民法3条の2)。意思能力とは、自分のする行為の意味や結果を理解する力のことです。認知症が進み、誰が何を受け取り、自分の取り分がどうなるのかを理解できない状態で協議書に署名しても、その合意は無効になるおそれがあります。

もっとも、意思能力は病名ではなく、その行為の時点で内容を理解できるかで判断されます。症状が軽く、協議の内容を理解して考えを伝えられる場合は、協議に加われることもあります。その場合も、主治医の意見を聴いておくなど、後から争いにならないよう慎重に進めます。

家族が代わりに署名することはできません

配偶者や子であっても、本人に代わって協議をする権限(代理権)は当然にはありません。「母の分は長男が書いておく」という方法では、本人が加わった協議になりません。

なお、判断能力の程度によっては保佐や補助になります。保佐では、本人が遺産分割をするのに保佐人の同意が必要で(民法13条1項6号)、保佐人が代わりに協議をするには、遺産分割の代理権を付ける審判が要ります(民法876条の4)。この記事では、いちばん多い成年後見を中心にお話しします。

2. 成年後見の申立てから、遺産分割協議までの流れ

申立ての基本

項目内容
申し立てできる人本人、配偶者、4親等内の親族、市区町村長など(民法7条ほか)
申立先本人の住所地(実際に生活している場所)を受け持つ家庭裁判所
費用収入印紙800円分(申立手数料)、収入印紙2,600円分(登記手数料)、郵便切手。鑑定をする場合は鑑定費用
主な書類申立書、申立事情説明書、親族関係図、親族の意見書、後見人等候補者事情説明書、財産目録、相続財産目録、診断書、本人情報シート、戸籍謄本・住民票など
遺産分割が目的のとき亡くなった方名義の通帳など遺産の資料、遺産分割協議書(案)など

書式や添付書類は家庭裁判所によって少しずつ違います。兵庫県内は神戸家庭裁判所の書式とチェックシートを使い、支部・出張所では手続が異なることもあります。

手続の流れ

  1. 書類をそろえる:ケアマネジャーなどに本人情報シートを書いてもらい、医師に診断書を依頼します
  2. 申し立てる:一度申し立てると、家庭裁判所の許可がなければ取り下げられません(家事事件手続法121条)
  3. 面談・調査:申立人や候補者から事情を聴き、親族の意向を確かめます。必要なら本人の判断能力を鑑定します
  4. 審判・確定・登記:後見を始めることと後見人が決まり、審判書を受け取って2週間で確定し、後見の登記がされます
  5. 財産の調査:後見人が本人の財産を調べ、家庭裁判所に報告します
  6. 遺産分割協議:後見人が本人に代わって協議します
  7. その後:協議が終わっても、後見人は毎年、家庭裁判所に報告を続けます

2025年に終わった成年後見関係の事件のうち、2か月以内に終わったものが約71.1%、4か月以内が約93.8%でした(最高裁判所「成年後見関係事件の概況」令和7年)。神戸家庭裁判所の案内では、書類がそろった標準的なケースで申立てから2〜3か月程度が目安です。準備や財産の調査も含めると、協議を始められるのは数か月先と考えておくと安心です。

相続税の申告がある場合

相続税の申告は、亡くなったことを知った日の翌日から10か月以内です。期限までに遺産分割がまとまらないと、配偶者の税額の軽減はそのままでは使えませんが、「申告期限後3年以内の分割見込書」を出して3年以内に分割すれば、あらためて軽減を受けられます(国税庁)。相続税がかかりそうなときは、早めに税理士に相談してください。

3. 後見人が加わる協議では、法定相続分の確保が原則です

後見人は「本人の財産を守る立場」

成年後見人は本人の財産を管理し、財産に関する法律行為について本人を代表します(民法859条)。後見人が長男などの家族でも、遺産分割では家族全体の都合ではなく、本人の利益を守る立場で協議に加わります。

神戸家庭裁判所の「成年後見人Q&A」では、遺産分割について、本人だけが不利益を受けないよう配慮すること、原則として法定相続分を確保すること、例外的に下回る協議を考えるときは事前に家庭裁判所に相談すること、まとまらないときは調停を使う方法もあることが案内されています。

法律上、後見人がする遺産分割協議に家庭裁判所の許可を求める決まりはありません。けれども、後見人は家庭裁判所の監督を受けていて、本人の取り分を減らす内容に安易に応じると、後見人としての責任を問われるおそれがあります。

具体例で考える

父が亡くなり、相続人が母(後見人あり)・長男・長女の場合、法定相続分は母が2分の1、長男と長女が4分の1ずつです(民法900条1号)。

家族の希望後見人が加わったときの考え方
母の分を少なくして、子どもたちが多く受け取りたい原則として難しくなります。母の法定相続分を確保する形を考えます
実家は長男の名義にして、母はこれまでどおり住みたい母の取り分が法定相続分を下回るなら、長男から母へ代償金を払う、配偶者居住権を使うなどで調整を考えます
母の自宅を売って、施設の費用にあてたい後見人が本人の自宅を売るには、別に家庭裁判所の許可が必要です(民法859条の3)

代償金の決め方は、次の記事で説明しています。

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協議書には、本人の名前に並べて「成年後見人 ○○」と後見人が署名・押印します。遺産分割で本人の財産が大きく増えたときは、後見制度支援信託・支援預貯金の利用を促されたり、専門職の後見監督人が選ばれたりすることがあります(神戸家庭裁判所「成年後見人Q&A」)。

4. 後見人も相続人のとき:特別代理人を選んでもらいます

母の後見人が長男で、父が亡くなった場合、長男は「父の相続人としての自分」と「母の代理人」の2つの立場を持ちます。自分の取り分を多くして母の取り分を少なくすることもできてしまうため、これを「利益相反」といいます。

この場合、後見人は家庭裁判所に特別代理人の選任を求めなければなりません(民法860条・826条1項)。特別代理人は、その遺産分割についてだけ本人を代理し、終われば任務も終わります。後見監督人がいる場合は監督人が本人を代理するので、特別代理人は要りません(民法860条ただし書・851条4号)。保佐・補助では、臨時保佐人・臨時補助人を選んでもらいます(民法876条の2第3項・876条の7第3項)。

項目神戸家庭裁判所の案内
申し立てる人後見人(保佐人・補助人は遺産分割の代理権がある場合)
費用収入印紙800円分、郵便切手(110円×5枚)
主な書類申立書、特別代理人候補者の住民票と就任承諾書、遺産分割協議書(案)、遺産目録、相続関係図、遺産の資料のコピーなど
本人の取り分が法定相続分を下回るときその事情を説明した書面(原則として本人は法定相続分を取得する、とされています)

後見人の候補者を同じ相続の相続人にすると、選ばれた後に特別代理人の申立てがもう一度必要になることがあります。申立ての時点で、遺産分割の進め方まで見通して候補者を考えておくことが大切です。ただし、誰を選ぶかは家庭裁判所が決めます。

5. 遺産分割が終わっても後見は続きます。改正後の見通し

今の制度では「やめられない」

裁判所の案内では、成年後見は本人の判断能力が回復するか、亡くなるまで続き、遺産分割などのきっかけになった目的を果たしても終わらないとされています。家族の希望で終わらせることもできません。後見人による財産の管理と毎年の報告が続き、専門職が後見人や監督人に選ばれた場合は、家庭裁判所が決めた報酬を本人の財産から支払います。

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改正法で「必要がなくなれば終えられる」制度に

項目内容
法律民法等の一部を改正する法律(令和8年法律第45号)
成立・公布2026年6月17日成立、6月24日公布
施行日公布から2年6か月を超えない範囲で政令で定める日(遅くとも2028年12月まで)
2026年10月時点施行日を定める政令はまだ出ていません。それまでは今の制度のままです

法務省の資料では、後見・保佐は「補助」に一本化され、本人の同意と制度を使う必要性などを要件に、必要な行為ごとに補助人に権限を付ける形になります。例として「遺産分割の代理権」が挙げられています。また、判断能力が回復していなくても、制度を使う必要がなくなったと家庭裁判所が認めれば、利用を終えられます(新しい民法12条)。今、後見・保佐を使っている方も、施行後は新しい制度への移行や、取消しの申立てができるようになります(改正法附則2条・3条)。

ただし、どのような場合に「必要がなくなった」と認められるかは、施行後の運用によります。改正の全体像は次の記事でまとめています。

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施行を待つべきか

施行は遅ければ2028年12月です。いっぽうで、相続税の申告(10か月)や相続登記(取得を知った日から3年。2024年4月1日より前の相続は2027年3月31日まで)には期限があります。急ぎの手続きがあるなら今の制度で進め、施行後に移行や終了を申し立てることを考えます。急ぎでなければ、次の章の方法で期限に対応しながら待つ考え方もあります。どちらがよいかは、財産の内容や家族の事情によって変わります。

6. 後見を使う前に考えたい、ほかの方法

遺言がある場合

亡くなった方が遺言で、特定の財産を特定の相続人に引き継がせると決めていた場合(特定財産承継遺言。民法1014条2項・908条1項)、その財産は遺産分割協議をせずに手続きを進められます。不動産の相続登記も、引き継ぐ相続人が単独で申請できます(不動産登記法63条2項)。遺言に書かれていない財産は、協議が必要です。

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法定相続分のとおりに相続登記をする

遺産分割をしないまま、法定相続分のとおりに相続登記をする方法もあります。この登記は、相続人の一人からでも申請できる扱いです。ただし、不動産は相続人全員の共有になり、後で売るときには、認知症の方の持分について結局、後見人が必要になります。

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相続人申告登記で、ひとまず義務を果たす

3年の期限内に、法務局へ「自分が相続人である」と申し出ると、相続登記の義務を果たしたものとみなされます(不動産登記法76条の3)。申し出た人の義務だけが果たされること、遺産分割が成立したらその日から3年以内に登記が必要なことに注意します。

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預金の一部は、遺産分割の前でも引き出せます

各相続人は、亡くなった方の預金のうち「相続開始時の残高×3分の1×自分の法定相続分」まで、ひとつの金融機関につき150万円を上限に、単独で払戻しを受けられます(民法909条の2、平成30年法務省令第29号)。ほかの相続人が自分の取り分の範囲で使う制度で、認知症の方の取り分を引き出せるものではありません。

金融機関から後見を勧められたとき

まず「何の手続きのために、何が必要なのか」を確かめ、遺言の有無や、ここで挙げた方法で足りないかを考えてから決めても遅くありません。後見は、一部の相続人の希望を通すための制度ではなく、本人を守るための制度です。

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7. 手順のチェックリスト

  1. 遺言を探す:自宅、公証役場、法務局(自筆証書遺言の保管)を確かめます
  2. 相続人と財産を確かめる:戸籍で相続人を確定し、預金・不動産・借金を調べます
  3. 本人の状態を確かめる:主治医やケアマネジャーに、協議の内容を理解できる状態かを相談します
  4. 期限を書き出す:相続放棄(3か月)、相続税の申告(10か月)、相続登記(3年)のうち関係するものを確かめます。相続人が成年被後見人のときの相続放棄の期限は、後見人が知った時から数えます(民法917条)
  5. 方法を決める:後見などの申立てをするか、遺言・法定相続分での登記・相続人申告登記などで対応するかを決めます
  6. 申立ての準備:候補者、親族の意見書、遺産分割協議書(案)を用意します。特別代理人が必要になるかも見込んでおきます
  7. 協議と名義変更:本人の法定相続分を確保する案を基本に協議し、相続登記や預金の手続きをします。その後も後見人の報告は続きます

よくある質問

認知症の母の代わりに、子が遺産分割協議書に署名してもよいですか?

できません。子であっても、母に代わって協議をする権限は当然にはありません。母が協議の内容を理解できない状態なら、成年後見などを申し立て、選ばれた後見人が母に代わって協議に加わります。

軽い認知症なら、そのまま協議に加わってもらえますか?

協議の内容を理解し、自分の考えを伝えられる状態であれば、加われることもあります。後から無効を主張されないよう、主治医の意見を聴くなど慎重に進めてください。迷う場合は無理に進めないことが大切です。

後見人が選ばれたら、母の取り分を少なくして、実家を長男の名義にできますか?

後見人は母の利益を守る立場で、原則として母の法定相続分を確保します。実家を長男の名義にするなら、代償金などで母の取り分を確保する形を考えます。下回る案は、事前に家庭裁判所に相談します。

遺産分割が終わったら、後見をやめられますか?

今の制度では、本人の判断能力が回復するか、亡くなるまで続きます。改正法の施行後は、必要がなくなったと家庭裁判所が認めれば終えられるようになり、今後見を使っている方も終了などを申し立てられます。施行日は2026年10月時点で未定です。

遺産分割のための後見の申立ては、司法書士に頼めますか?

司法書士は、成年後見の申立書や特別代理人の選任申立書など、家庭裁判所に出す書類を作成できます(司法書士法3条1項4号)。遺産分割の後の相続登記の申請も代理できます(同項1号)。家庭裁判所での面談などには、申立人ご本人に対応していただきます。

まとめ

相続人の中に、協議の内容を理解できない状態の方がいるときは、その方を除いたり、家族が代わりに署名したりして遺産分割協議を進めることはできません。家庭裁判所に成年後見などを申し立て、選ばれた後見人が本人に代わって加わります。後見人は本人の財産を守る立場で、法定相続分の確保が原則です。後見人も相続人なら、特別代理人が必要です。

今の制度では、遺産分割が終わっても後見は続きます。改正法の施行後は「必要がなくなれば終えられる」ようになりますが、施行日はまだ決まっていません。遺言の有無、相続の期限、ほかの方法で足りないかを確かめたうえで、後見を使うかを決めることが大切です。

認知症の方がいる相続や、遺産分割のための成年後見の申立てのご相談は、西宮北口のシアエスト司法書士・行政書士事務所でもお受けしています。遺言の有無や期限の確認、後見が必要かどうかの整理から、申立書類や特別代理人の選任申立書の作成、遺産分割後の相続登記まで、順を追ってご案内します。

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出典・参考

代表司法書士・行政書士 今井 康介

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