※本記事は2026年10月時点の法令にもとづいて解説しています。
「会社は長男に継がせたい。自社株は長男にまとめたいけれど、ほかの子どもには何を残せばよいのだろう」
「財産のほとんどが自社株と工場の土地。遺言で長男に渡すと、次男から遺留分を請求されたときに、長男に払えるお金がない」
中小企業の経営者の方の相続では、財産の多くが自社株や事業用の不動産で、すぐに使えるお金が少ないことがあります。後継者に事業の財産を集めようとすると、ほかの相続人との公平や、遺留分が問題になります。
その調整のための手段の一つが、生命保険です。この記事では、事業承継の場面に話をしぼって、生命保険金と遺留分の関係、代償金や遺留分の支払いの原資にする使い方、受取人の決め方、相続税の非課税枠、そして経営承継円滑化法の「遺留分に関する民法の特例」をお話しします。生命保険金が遺産分割の対象にならない理由や、持ち戻しの一般的な話は、次の記事で詳しく説明しています。

先に結論:保険金は原則として遺留分の計算の外。後継者を受取人にして「払うためのお金」を用意します
- 後継者に自社株などを集めると、ほかの相続人の遺留分を侵害し、後継者がお金での支払いを請求されることがあります(民法1046条)
- 受取人が決まっている生命保険金は、受取人自身の財産で、原則として遺産にも遺留分の計算にも入らないと考えられています(最高裁平成14年11月5日判決・平成16年10月29日決定)
- 後継者を受取人にしておくと、受け取った保険金を、代償金や遺留分侵害額の支払いに充てられます。後継者以外の子を受取人にしても、遺留分の手当てにはなりにくい点に注意が必要です
- 保険金が遺産に比べて大きすぎるなど「特段の事情」がある場合は、特別受益に準じて扱われることがあり、万能ではありません
- 自社株そのものを遺留分の計算から外したい場合は、経営承継円滑化法の「除外合意・固定合意」という方法もあります
1. 事業承継で遺留分が問題になる理由
遺留分とは
兄弟姉妹以外の相続人には、遺言があっても最低限受け取れる取り分「遺留分」があります。遺留分の割合は、相続人が親や祖父母だけの場合は3分の1、それ以外の場合は2分の1で、これにそれぞれの法定相続分をかけます(民法1042条)。
遺留分の計算のもとになる財産には、亡くなった時の財産に、生前の贈与の一部を加え、借金を差し引きます(民法1043条)。相続人への贈与は、原則として亡くなる前10年間の、結婚・養子縁組のためや生計の資本としての贈与が入ります(民法1044条)。
遺留分は「お金で」請求されます
2019年7月1日に施行された改正民法で、遺留分を侵害された相続人は、多く受け取った人に「遺留分侵害額に相当するお金」を請求する権利(遺留分侵害額請求権)を持つ形になりました(民法1046条)。株や不動産そのものを返すよう求めるのではなく、お金での清算です。
請求できる期間は、相続の開始と、遺留分を侵害する贈与・遺贈があったことを知った時から1年、または相続開始から10年です(民法1048条)。
例で考えます
架空の例です。父(経営者)の財産は、自社株1億円、自宅3,000万円、預金1,000万円の合計1億4,000万円で、借金はないものとします。相続人は長男(後継者)と次男の2人です。父が遺言で「自社株と自宅は長男に、預金は次男に」と決めたとします。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 次男の遺留分 | 1億4,000万円 × 1/2 × 1/2 = 3,500万円 |
| 次男が受け取る預金 | 1,000万円 |
| 足りない額(遺留分侵害額) | 2,500万円 |
長男は、次男から2,500万円の支払いを請求されることがあります。ところが、長男が受け継いだのは自社株と自宅で、すぐに使えるお金はありません。株を手放したり、会社からお金を借りたりする必要に迫られ、経営に影響が出ることもあります。
裁判所は、請求を受けた人の求めにより、支払いに相当の期限を与えることができますが(民法1047条5項)、支払いそのものがなくなるわけではありません。
2. 生命保険金は遺留分の計算に入るのか
原則:受取人自身の財産です
被相続人が自分を被保険者として契約し、受取人を特定の相続人に決めている生命保険の保険金は、受取人が保険契約にもとづいて自分の権利として受け取るもので、遺産には入らないと考えられています。
最高裁平成14年11月5日判決は、自分を被保険者とする生命保険の契約者が死亡保険金の受取人を変える行為は、当時の民法1031条に定める遺贈や贈与にあたらず、これに準ずるものともいえない、と判断しました。このことから、保険金は遺留分の対象にならないと整理されています。2019年の改正後の遺留分侵害額請求でも、同じように考えるのが一般的とされています。
例外:「特段の事情」があるとき
一方、最高裁平成16年10月29日決定は、遺産分割の場面について、死亡保険金は原則として特別受益(民法903条)にあたらないとしたうえで、例外を示しました。保険金の額、遺産の総額に対する割合、同居の有無、介護などへの貢献の度合い、各相続人の生活の実態などを総合して、相続人の間の不公平が到底是認できないほど著しいと評価すべき「特段の事情」がある場合は、特別受益に準じて持ち戻しの対象になる、というものです。
この「特段の事情」の考え方が遺留分の計算にも当てはまるのかについては、最高裁のはっきりした判断は見当たらず、考え方が分かれています。保険金の額を遺産に比べて極端に大きくすると、遺留分の場面でも争いの種になるおそれがあります。
「次男を受取人にすれば遺留分は満たされる」とは限りません
「後継者以外の子を保険金の受取人にしておけば、遺留分の手当てになる」と考えられがちですが、注意が必要です。
遺留分侵害額の計算で、遺留分から差し引くのは、その人が受けた遺贈や特別受益にあたる贈与、相続で受け取る遺産です(民法1046条2項)。保険金が遺産や遺留分の計算に入らないということは、次男が保険金を受け取っても、原則として遺留分から差し引かれないということでもあります。そのため、次男は保険金を受け取ったうえで、さらに長男に遺留分侵害額を請求できる、ということが起こりえます。
3. 生命保険を「払うためのお金」として使う方法
方法1:遺留分侵害額の支払いの原資にする
後継者(長男)を受取人にした保険に入り、遺言で自社株などを長男に集めます。相続が始まり、次男から遺留分侵害額を請求されたら、長男は受け取った保険金から支払います。1章の例なら、2,500万円ほどを長男が受け取れるよう準備しておく、という考え方です。
保険金は原則として遺留分の計算に入らないため、保険金を用意しても、次男の遺留分は原則として増えません。この点が、同じ額を預金で残す場合との違いです。
方法2:遺産分割の代償金の原資にする
遺言がなく、相続人の話し合い(遺産分割協議)で決める場合は、長男が自社株などを取得する代わりに、次男にお金(代償金)を払う「代償分割」という方法があります。この代償金の原資として、長男が受け取った保険金を使うことができます。代償金の決め方や税金の注意点は、次の記事で説明しています。

遺言とセットで考えます
生命保険だけでは、自社株が後継者に渡るとは限りません。遺言で「自社株は長男に相続させる」と決めておかないと、自社株は遺産分割の対象になり、話し合いがまとまらないうちは相続人の共有の状態になるおそれがあります。保険は「お金の手当て」、遺言は「誰が何を受け継ぐか」と、役割を分けて考えます。
遺留分を前提にした遺言の考え方は、次の記事で説明しています。

4. 受取人の決め方
保険料を払う人・被保険者・受取人で税金が変わります
国税庁の説明では、死亡保険金にかかる税金は次のように分かれます。
| 被保険者 | 保険料を払う人 | 受取人 | かかる税金 |
|---|---|---|---|
| 父 | 父 | 長男 | 相続税 |
| 父 | 長男 | 長男 | 所得税 |
| 父 | 母 | 長男 | 贈与税 |
事業承継の遺留分対策で考えやすいのは、父が保険料を払い、父を被保険者、後継者を受取人とする形です。この形なら相続税の対象になり、5章の非課税枠も使えます。
受取人は後継者本人に
遺留分の支払いに使うためには、後継者本人が受け取って自由に使えるお金にしておくことが大切です。会社が契約者・受取人になっている保険(いわゆる法人契約)の保険金は会社に入るため、そのままでは後継者個人が遺留分を支払うお金にはなりません。
受取人の変更と注意点
- 受取人の変更は、被保険者が亡くなるまでは、保険会社への意思表示ですることができます(保険法43条)。死亡保険の受取人を変えるには、被保険者の同意が必要です(保険法45条)
- 遺言で受取人を変えることもできますが、相続人が保険会社に通知しないと、保険会社に対抗できません(保険法44条)。行き違いを防ぐには、生前に保険会社の手続きで変えておく方が分かりやすいです
- 受取人が被保険者より先に亡くなったときは、その受取人の相続人全員が受取人になります(保険法46条)。後継者が先に亡くなった場合に備えて、見直しをしておきます
受取人の指定や変更の一般的な注意点は、冒頭でご紹介した記事でも説明しています。
保険金額の目安
保険金額は、遺留分侵害額や代償金の見込みから考えます。自社株の評価は会社の業績などで変わるため、数年ごとに見直すことが大切です。一方で、2章のとおり、保険金が遺産の総額に比べて大きすぎると「特段の事情」の問題が出てきます。必要な額を目安にし、必要以上に大きくしないことが、争いの種を増やさないことにつながります。
5. 相続税の非課税枠
被相続人が保険料を払っていた死亡保険金を相続人が受け取った場合は、「500万円×法定相続人の数」までは相続税がかかりません(相続税法12条1項)。1章の例のように相続人が2人なら、1,000万円までが非課税です。
- 法定相続人の数には、相続放棄をした人も含めて数えます。養子は、実子がいる場合は1人、いない場合は2人まで数えます(相続税法15条2項)
- ただし、相続放棄をした人や、相続人でない人が受け取った保険金には、この非課税枠は使えません(相続税法3条・12条1項、国税庁)
ほかの非課税財産や、生前の対策との関係は、次の記事で説明しています。

6. 自社株そのものを遺留分から外す:経営承継円滑化法の民法特例
除外合意と固定合意
生命保険とは別に、「中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律(経営承継円滑化法)」による「遺留分に関する民法の特例」があります。先代の経営者(旧代表者)から後継者に生前贈与された自社株について、推定相続人全員と後継者が書面で合意することで、次の定めができます(同法4条1項)。
| 合意 | 内容 |
|---|---|
| 除外合意 | 贈与された自社株の価額を、遺留分の計算のもとになる財産に入れない |
| 固定合意 | 遺留分の計算に入れる自社株の価額を、合意した時の価額に固定する(弁護士・公認会計士・税理士などの証明が必要) |
固定合意をすると、贈与のあとに後継者の努力で会社の価値が上がっても、その上がった分は遺留分の計算に入りません。
手続きの流れ
- 推定相続人全員と後継者が、書面で合意する(後継者が株を処分した場合などに、ほかの相続人がとれる措置もあわせて決める。同法4条4項)
- 合意から1か月以内に、後継者が経済産業大臣の確認を申請する(同法7条)
- 確認を受けてから1か月以内に、後継者が家庭裁判所に許可を申し立てる(同法8条)。申立先は、先代経営者の住所地の家庭裁判所です(家事事件手続法243条)
- 家庭裁判所の許可を受けると、合意の効力が生じます(同法9条)
家庭裁判所は、合意が当事者全員の本心から出たものと認められなければ許可しません(同法8条2項)。
使える場面は限られます
- 対象は、一定期間以上事業を続けている、上場していない中小企業者の会社です(同法3条1項)
- 合意の対象は、旧代表者から後継者に「贈与」された株などです。遺言や相続で旧代表者から受け継ぐ株は、この合意の対象になりません
- 後継者が、合意の対象にする株を除いても議決権の過半数を持っている場合は、この合意はできません(同法4条1項ただし書)
- 推定相続人全員の合意が必要なため、家族の関係がこじれてからでは使いにくい面があります
- 旧代表者の生存中に後継者が亡くなった場合などは、合意の効力がなくなります(同法10条)
個人事業の事業用資産についても、除外合意の制度があります(同法4条3項)。申請書の様式や窓口などの細かな点は、中小企業庁の最新の案内で確かめてください。
司法書士は、家庭裁判所に出す許可の申立書の作成をお手伝いできます(司法書士法3条1項4号)。固定合意の価額の証明は税理士・公認会計士など、ほかの相続人との交渉が必要な場合は弁護士と、それぞれ扱える専門家が違うため、役割を分けて進めます。
事業承継税制は別の制度です
自社株にかかる相続税・贈与税については、一定の要件のもとで納税を猶予・免除する「事業承継税制(法人版)」があります。特例措置は、特例承継計画を2027年9月30日までに出し、2027年12月31日までの相続・贈与などが対象とされています(国税庁 No.4148、令和8年4月1日現在)。遺留分の民法特例とは別の制度で、税理士と相談して検討する分野です。
7. 早めに準備するための手順
- 財産を洗い出す:自社株の評価の目安、事業用の不動産、預金、借入れ
- 遺留分の見込みを出す:遺言どおりに分けた場合に、誰にいくら足りなくなるか
- 遺言を作る:自社株や事業用の財産を誰に受け継がせるかを決める
- 保険を確かめる:受取人・保険料を払う人・金額を、遺留分の見込みと照らして決める
- ほかの方法も検討する:家族の合意が得られるなら、民法特例の除外合意・固定合意や、家庭裁判所の許可を得た遺留分の放棄(民法1049条)も選択肢になります
- 数年ごとに見直す:株の評価、家族構成、健康状態の変化に合わせる
保険は、年齢や健康状態によって入れないことがあります。また、認知症などで判断能力が下がると、遺言の作成や保険の受取人の変更ができなくなることもあります。早めに動き出すことが、選べる方法を増やすことにつながります。
遺留分の基本や、請求できないケースについては、次の記事で説明しています。

よくある質問
- 生命保険金は遺留分の計算に入りますか?
-
受取人が決まっている生命保険金は、受取人自身の財産で、原則として遺留分の計算には入らないと考えられています(最高裁平成14年11月5日判決)。ただし、保険金が遺産に比べて大きすぎるなど特段の事情がある場合に、特別受益に準じて扱われる可能性があり、遺留分の場面でどう扱われるかは考え方が分かれています。
- 後継者でない子を受取人にすれば、遺留分の対策になりますか?
-
なりにくいと考えられます。保険金は遺留分の計算に入らないため、その子が保険金を受け取っても、原則として遺留分から差し引かれません。遺留分の支払いに備えるなら、後継者を受取人にして、後継者が支払いのお金を持てるようにする方法がよく使われます。
- 保険金はいくらにすればよいですか?
-
遺言どおりに財産を分けた場合の遺留分侵害額や、代償金の見込みが目安になります。自社株の評価は変わるため、数年ごとに見直します。必要以上に大きくすると、特段の事情として争われるおそれもあります。
- 自社株を遺留分の計算から外す方法はありますか?
-
経営承継円滑化法の除外合意があります。生前に後継者に贈与した自社株について、推定相続人全員と後継者が合意し、経済産業大臣の確認と家庭裁判所の許可を受けると、その株を遺留分の計算から外せます。価額を合意時に固定する固定合意もあります。
- 会社が契約している保険でも、遺留分対策になりますか?
-
会社が受取人の保険金は会社に入るため、そのままでは後継者個人が遺留分を支払うお金にはなりません。会社から遺族に死亡退職金などとして支払う方法もありますが、会社の手続きや税金が関わるため、税理士とも相談して検討します。
まとめ
後継者に自社株や事業用の財産を集めると、ほかの相続人の遺留分が問題になり、後継者がお金での支払いを求められることがあります。受取人が決まっている生命保険金は、原則として遺留分の計算に入らないため、後継者を受取人にしておけば、遺留分侵害額や代償金を支払うためのお金として使えます。
ただし、保険金が大きすぎると「特段の事情」として争われるおそれがあり、後継者以外の子を受取人にしても遺留分の手当てにはなりにくいなど、注意点もあります。遺言で「誰が何を受け継ぐか」を決め、保険で「払うためのお金」を用意し、家族の合意が得られるなら民法特例も検討する、という組み合わせで考えることが大切です。
事業承継に向けた遺言の作成、遺留分の見込みの整理、民法特例の家庭裁判所への申立書の作成などのご相談は、西宮北口のシアエスト司法書士・行政書士事務所でもお受けしています。保険の内容や税金の計算は、保険の担当者や税理士と役割を分けながら、ご家族の状況に合わせて順を追ってご案内します。
出典・参考
- 民法 903条・1042条・1043条・1044条・1046条・1047条・1048条・1049条(e-Gov法令検索)
- 保険法 43条・44条・45条・46条(e-Gov法令検索)
- 相続税法 3条・12条・15条(e-Gov法令検索)
- 中小企業における経営の承継の円滑化に関する法律 3条・4条・7条・8条・9条・10条(e-Gov法令検索)
- 家事事件手続法 243条(e-Gov法令検索)
- 司法書士法 3条(e-Gov法令検索)
- 最高裁判所 平成14年11月5日判決(民集56巻8号2069頁。死亡保険金受取人の変更と遺留分)https://www.courts.go.jp/hanrei/52260/detail2/index.html
- 最高裁判所 平成16年10月29日決定(民集58巻7号1979頁。死亡保険金と特別受益)https://www.courts.go.jp/hanrei/52421/detail2/index.html
- 国税庁 タックスアンサー No.4114 相続税の課税対象になる死亡保険金 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4114.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.1750(死亡保険金の課税関係)https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1750.htm
- 国税庁 タックスアンサー No.4148 非上場株式等についての相続税の納税猶予及び免除の特例等(法人版事業承継税制)https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/sozoku/4148.htm

